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これまでの礼拝説教要約(2002度)


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    2002年1月6日 「イエスさまが来られた」(ヨハネの福音書09章1-39節)

    この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現れるためです。 (ヨハネの福音書9章3節)

    新しい年の初め、何よりも主イエスの御業をこそ、覚えて歩ませていただくこ とにしましょう。 「神のわざがこの人に現れるため」実に感動的なことばです。 私の友人はこの物語を聴いて、イエスを信じる決心をしました。友人は言いまし た。生まれつき目の見えない人を前に、こんなことは人には決して言えない、神 のみ言いうることばではないか、と。 実際イエスの弟子たちは、この生まれつ き目の見えない人々を前に、「どうして彼は盲目に生まれついたのか」、と議論 しはじめたのです。この人自身の問題か。それとも親の問題か。何とも無神経な 会話です。しかし、そのような冷酷さ、無神経さが、人間の現実として描かれて いるようにも思わされます。 ともあれ、イエスは神の御業が現れるためである とお語りになった。それは単に、神が奇跡を披露する機会であるというのではあ りません。そうではなく、この人物は、永遠の昔から計画されて、イエスがメシ ヤであることを証しするために、「今ここにある」という実に上思議な内容を語っ ているのです。 旧約聖書を読みますと、盲人の目を開けるのは、神のみがなし うる奇蹟であると語られています。また盲人の目を開けるメシヤ(救い主)がこ の地上に来られるという預言があります。そのような背景で読みますと、なるほ ど、この人物はただただイエスがメシヤ、救い主であることを証するために生ま れたのだということがわかります。 神に遣わされた多くの預言者たちは、声と 指でメシヤを証ししました。しかし、この人は盲目の目が開かれるという奇蹟で もってメシヤを指し示すために、その時代と場所に遣わされていたということで す。 私たちが普通にここから教えられますことは、奇蹟をなすイエスに期待し、 イエスが私たちの人生にも同様の奇蹟をなしてくださるという期待を持つべきこ とです。それも一つの適応でしょう。 しかし一層注目すべきことは、神は、目 的と意図を持って一人の人物を歴史の一時代、一地域に置いてくださっていると いうことです。「神は、ひとりの人からすべての国の人々を造りだして、地の全 面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めにな りました(使徒17:26)」とあるとおりです。 新しい年を迎えました。今年も どのように主にお使えしようかと考えます。私たちの心次第でこの一年、いかよ うにも歩むことができます。ただ単に自我の欲求を満たすだけの一年にもなりま すし、愛の神のみこころを行うよう努める一年ともなりえます。神が私たちを一 つの目的と意図を持って、この年も歩ませてくださることを覚えて、新しい年の 歩みを始めさせていただくことにいたしましょう。 

    2002年1月13日 「イエスさまの愛」 (ヨハネの福音書19章1-42節)

    イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、「完了した。」 と言われた。そして、頭を垂れて、霊をお渡しになった。 (ヨハネの福音書19章30節)

    今や十字架は、馴染み深いアクセサリーとなりましたが、何とも上思議なこと です。考えようによれば、現代人が十字架のネックレスをしている光景というの は、当時の人々にしてみれば、電気椅子、あるいは絞首刑台のネックレスをして いるのと同じことだったでしょう。何とも悪趣味なものといわざるを得ない、十 字架のイメージがありました。そもそも十字架刑は、古代フェニキアに始まり、 ローマなどの諸国に広まった処刑方法であったようです。石打や火刑を一般的な 処刑法とするユダヤ人は、これをとても残忍な方法であるとして嫌い、神にのろ われた者が受ける刑罰として考えていました。 それが今日、十字架は、一種の 気持ち悪さを残しながらも、そのプラチナの輝きに聖さや美しさを感じさせるイ メージを与えています。電気椅子、絞首刑台、これらはこれから何千年たったと しても、決して十字架のようなイメージチェンジを達成することなどできないの ではないでしょうか。しかし、十字架にはそれが起こった。なぜか。それは十字 架にまつわる愛のストーリーがあったればこそ、と言わざるを得ません。 つま り、イエスの十字架の死というストーリーです。イエスの十字架刑の様子は、聖 書を細かく考えながら読みますと、十字架のそばにいた、母マリヤ、弟子たち、 そうした一人一人の心境を考えながら読みますと、何とも心裂かれる悲しすぎる 出来事です。しかし、ヨハネは、これが神のご計画であったという書き方をして いるわけです。 聖書には、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネと四つの福音書があ りますが、ヨハネの十字架の記述の特色は、十字架の悲惨さよりも、十字架の意 味に焦点を当てている点、しかも、これを旧約預言との関連で語ろうとしている 点です。これはヨハネの黙示録と同じです。余計なことですが、ヨハネの黙示録 は旧約聖書の知識がないときちんと読みこなせません。 ともあれ、ヨハネは、 これがあらかじめ旧約で預言されたことの成就であった、と19章では、3度特徴 のある言い方を繰り返しています。つまり、イエスは旧約で約束されたメシヤ (救い主)である、人間を罪から完全に救い出すお方であるということが強調さ れているわけです。 ここで、読者はやはり考えなくてはなりません。世におい てかくも悲惨な事件を前に、ヨハネは、この死は、権力と権力に踊らされた民衆 の愚かさによって引き起こされた犬死ではなくて、あらかじめ神に計画されたこ とであり、イエスもそれを自らの意思で受け止め、神に従った、そういう尊い行 為なのだと言っているからです。ヨハネの語りに、私たちはどう答えるか。イエ スの死はあなたの罪の赦しのためであった。あなたが神のもとに立ち返り、神と 共に歩むためであった、そのために自分の命を犠牲にする行為であった、イエス が「完了した」と言われるとおりに、というわけです。

    なぜ神を信じるのか、簡単に申せば、神が生きておられるからです。ご利益が あるとかそういうことではない。神が生きておられ、私たち人間の生活を守り導 いておられる。こういうことのために、神を信じる理由があるのです。では、な ぜイエスの十字架を信じる(受け入れる)のか。それはイエスの十字架にある罪 の赦しが、光である神と和解するための唯一の方法だからです。十字架の業は、 計画されたとおり完了されなくてはならなかったということです。

    2002年1月20日 「イエスさまの祝福」 (ヨハネの福音書20章1-31節)

    しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、 あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御吊によってい のちを得るためである。(ヨハネの福音書20章31節)

    イエスの十字架には、イエスに向けられた当時の人々の激しい憎しみを感じます。 ユダヤ人にとって十字架は、神にのろわれた者が受ける刑罰でした。つまり、お前 は「神の子」だなんて言っているがとんでもない、「悪魔だ」、「のろわれた者 だ」、「お前にふさわしいのは、十字架だ」というわけで、皆でよってたかって、 暴行を加え、十字架に磔にし、「ざまーみろ」と言った、これがイエスの十字架 であったと言えます。何とも悲しい事件ですが、これが人間の罪の現実なのかも しれません。人間が同じ肉体や心を持つ人間に対していかに残酷になれるか、人 間の罪の深みを示しているようです。イエスの弟子ヨハネは、この模様を一部始 終目撃していました。まだ10〜20代であったと思われます。非常に情緒多感な年 齢です。そんなヨハネにとってイエスの死は、「善と悪のいずれが勝つかといえ ば、悪が勝つ」そんな世の中ではありがちな、矛盾に押しつぶされそうに感じる、 大変ショックな出来事であったことでしょう。もう、何の希望も抱けなくなって しまう、もう、これ以上生きていけない、絶望の淵に追いやるような瞬間であっ たと思います。ところが、ヨハネは、その後もキリストの弟子であり続けたので す。それは、イエスの復活という出来事が、ヨハネの砕け散った心を、回復させ、 支えたからです。 イエス様は、「ざまーみろ」「ばーか」となぶり殺しにされ たと思ったが、実はそうではなかった。それで終わらなかった。イエスは前々か ら予告されていたようによみがえられた。十字架はどうしても必要なことで、大 変な大どんでん返しが起こったのだというわけです。ヨハネは、それから約半世 紀近く立った晩年に、この福音書をまとめています。そして自分の福音書は、読 者がイエスを信じるようになるために書かれたものであることを吊言します。こ こで私たちは問われるのです。ヨハネのことばにどう応答するか。イエスの十字 架と復活にある「罪の赦し」と「新しく生まれる」ことの祝福を受け入れるかど うか。あなたはどう応じますか?これを年寄りの墓入り前の大嘘ととるべきか? それとも生涯に渡って積み重ねられてきた真実な証のまとめであるととるべきか。 もし、イエスの復活が嘘であり、でっちあげであるならば、もはやキリスト教を 信じている人には、いかなる希望もありえません。「善と悪といずれが勝つとい えば、悪が勝つ」こんな世にありがちな現実を否定する根拠は何もないからです。 イエスの十字架の身代わりによって一切の人の罪が赦されるとする祝福の福音を 支える根拠もないのです。また、イエスを復活させたその神の力を持って、いか なる人の人生をも新しくされるという祝福のことばも証明されないのです。しか し同時に、キリスト教を信じない人にとっても、イエスの復活のストーリーなき 世界は、「拠り所のない正義」を旗印に生きる、非常に上安定なものであるに違 いありません。真実なる神、善と義を貫かれる神を人間の歴史に登場させるには、 それなりの理由があると言えるでしょう。いや、理由なくして、神が存在するが ゆえに、そして神が十字架の御業をなしてくださったがゆえに、神を信じる必要 があるというのが、本当なのです。

    2002年1月27日 「礼拝する心」 (出エジプト記20章1-3節)

    わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、 主である。あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。 (出エジプト記20章2-3節)

    十戒は、十の戒めと書きますから、キリスト教には、守らねばならない十の掟 がある、そんなふうに受け止められているのではないでしょうか。確かにそれら は、神が人に与えられた、戒めであり、キリスト教倫理の根底となるものですが、 十戒においては、まずその「前文」が大切にされなくてはなりません。そうでな いと、十戒はただの禁欲主義的戒律集になりさがってしまいます。「前文」にこ うあります。「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あ なたの神、主である」つまり、この十戒は、神の救いを体験したものに与えられ たものです。先週まで、私たちは、イエスの十字架について学びました。イエス の十字架が私たちと神との和解のためであることを学びました。イエスの十字架 の苦しみのゆえに、今私たちは神とともに歩むことが許されている。神の愛の祝 福を確かなものとされているのです。そのように、愛を示してくださった神様が、 私たちに新しい人生の指針として、十戒を与えられている点が肝要なのです。も し神の愛を真に感じているところがあるならば、あなたは神のどんなことばをも 守りたく思い、熱心にそのことばに耳を傾けることでしょう。その要求される倫 理がいかに崇高なものであれ、あなたはそれを求めたいと思うはずです。「前文」 は私たちの十戒に対する姿勢を決めるものとして、極めて重要なものです。

    さて、次に第1戒について。こうあります。「わたしのほかに、ほかの神々が あってはならない」簡単に申せば、神はお一人であるということです。私たちは、 ギリシャ神話、日本神話にあるように、神々の物語に慣れすぎています。地獄の 神、農耕の神、戦の神と、それぞれに得意分野を持った神々の物語です。しかし、 聖書は、神はお一人である。この天地万物、すなわち宇宙をお造りになり、その 中に住まう人々、また一切をお造りになった、全知全能の神がただお一人おられ る、と言います。

    このような聖書の主張をどう受け止めるか。素直に受け入れられる人もおりま しょうが、私はじっくり考えてなかなか受け入れられないと思ったことがありま す。神は本当におられるのだろうかと。そこで聖書を読みました。聖書には、 「信仰は聞くことに始まる」とありますから、聖書を読めば、信仰も与えられる だろうと思ったからです。ヨハネの福音書を繰り返し読みました。夜通し読んで、 夜があけました。「神などいないのかな」、ちょっと寂しい思いをしながら、窓 の外を見ましたら、新しい一日の光が差し込んでまいりました。まばゆく、すが すがしい光に、はっと聖書の一節を思い出しました。「始めに神が天と地を創造 した」なんと、人は日々計り知れぬ神の、英知に満ちた秩序の中に置かれている ではないか、神の手の平の中に置かれ生きていることを感じた瞬間でした。  人によって信仰の持ち方は様々でしょう。30年近く信仰を持ってまいりますと、 信仰の捉え方に変化があるのも確かなことです。口先だけの信心、迷いの信心の 時も多々あったように思います。しかし、そのような時々を経てさらに、確かに 神はおられるという信頼の深まりも与えられたように思います。

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    2002年02月


    2002年2月3日 「人間が作った神か、神が創った人間か」 (出エジプト記20章4-7節)

    あなたは、自分のために、偶像を作ってはならない。上の天にあるものでも、 下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造っては ならない。(出エジプト記20章4節)

    十戒は、プロテスタントとカトリックでは分け方が違います。プロテスタント教会 (ギリシャ正教も含む)では、カトリック教会(ルーテル教会も含む)が第1戒 とするものを二つに分けます。つまり「ほかの神々があってはならない」を第1 戒、今日とりあげる「偶像を造ってはならない」を第2戒と区別するのです。ち なみにユダヤ教会は、キリスト教会では「前文」としているものを第1戒、カト リック教会が第1戒としているものを第2戒としています。こういうところに、 十戒本文の取り扱いにかんする時代の流れがあるのかもしれません。キリスト教 の独自性を打ち出すために、第1戒が前文となり、プロテスタントの独自性を打 ち出すために、第1戒が二分された、そんな気がします。さて、第2戒は、エジ プトやカナン(パレスチナ)の偶像崇拝を背景として読み解いていくべきことで しょう。エジプトには、自然にあるものが神として崇拝されていました。有吊な のは、「死者の書」にも登場し、エジプトの主神とされるオシリスの神、その配 下にあるナイル川のハピ神、太陽のラー神、月のトト神、蛙の頭を持ったヘクト 神がいます。出エジプト記に記されたエジプト脱出の際に、10の災いが下されて います。これは、背景を知らずに読むと、ただエジプト人がイスラエルの神の嫌 がらせを受け、10の災いの苦しみのあまりに観念して、奴隷のイスラエル人を解 放した、そんな話に思われます。しかし、10の災いというのは、ことごとく、エ ジプト人が神として拝んでいたものに対する裁きとして起こっているわけです。 つまり神と神の対決の物語、エジプト人が神として拝んできた、ハピ神なりヘク ト神なりが打ち負かされていく、そして神でもなんでもないという現実を見せつ けられていく、そういう物語であるわけです。ですからイスラエルの人々は、そ ういう偶像の結末を見せつけられて、前文にある「エジプトの国から連れ出した あなたの神」だけが神であるから偶像を造るのは、意味のないことだという戒め になっているという点に注意しなくてはいけません。それで、宗教にはどうも同 じような仕組みがあるもので、イスラエル人がこれから入ろうとしているカナン の地にも主神エルがおり、太陽の神シャマシュがおり、農耕の神バアルなどがお りました。そこでこれから遭遇する様々な神もまた、造られた偶像に過ぎないし、 そういうものを拝んではならない、あなたがたはその結末を見たはずだ、という メッセージがあるということです。こういう流れなしに読みますと、ただ偶像を 造ってはならないで終わってしまいます。ことに日本人の場合、宗教心はありま すが、特定の信仰に定める信仰心は弱いわけですから、信仰なんてものは、鰯の 頭から天地創造の神から何でもいいわけで、これがだめ、あれがだめ、これだけ が本物の神という言い方は狭量に過ぎるようにも思われることでしょう。けれど も、この十戒が記された背景には、少なくとも、イスラエル人が、これは神では なかった、あれも神ではなかった、という経験があったということです。聖書が 語る神は、天地創造の神、その神がお造りになったもの、あるいは、神がお造り になったもので造ったものを神とする、それは偶像礼拝であり、神を神としない 行為です。聖書において神は、自然にあるものから明確に区別されているのです。

    2002年2月10日 「礼拝する心」 (出エジプト記20章8節-11節)

    イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。 「平安があなたがたにあるように」(ヨハネの福音書20章19節)

    十戒の第4戒、「安息日の戒め」を見ていきます。第1〜3戒までは、神様に関す る戒めです、それから一段下がって、第4戒安息日の戒めがあるわけではない。 また、第4戒からは人間に関する戒めですが、親孝行を教えるよりも、殺人や盗 みを戒めるよりも真っ先に安息日の戒めが来る。いずれも同等のレベルで教えら れるわけです。つまり、神の御前に安息日を守らないのは、偶像崇拝、あるいは、 殺人や盗みを犯すのと同じであるという認識です。実際民数記には、安息日を犯 し石打の刑にあった人の例が出てきます。 私たちは、礼拝を休む際に、実は、十戒の流れの中の第4戒の前に立たされて、 そこに通用する理由があるかどうかを問われているのです。 では、なぜこれほど安息日は厳守されねばならないのか、その理由を最もよく 説明しているのは申命記です。二つの理由があります。一つは弱い立場にある者 への配慮、そして自ら配慮され、一週に一度の休みを取るライフパターンへと導 いてくださった神への感謝としての聖別です。 疲れることも病むこともない神様が、安息日を休まれたのは、人間のためです。 人間の身体は弱く、一週に一度の休みを取るように作られている。だから神は率 先して人間のために休まれたし、安息日を定められたというわけです。 また、イスラエル人はエジプトで奴隷でした。休みたくても休むことができな い強制労働の苦しみを経験していました。そういう生活から抜け出させ、一週に 一度の休みを持つゆとりの生活を実現させてくださった神に感謝し、神を称える、 そういう日として聖別せよ、というわけです。 さて、旧約で言う安息日は土曜日です。それがどうして日曜日になったのか。 色々と調べてみますと、根拠はイエスの復活にあることがわかります。イエスは、 日曜日の朝に復活され、日曜日ごとに、教会にご自身を現されたのです。またペ ンテコステ、これも日曜日の出来事です。そういう意味で、初代のクリスチャン にとって日曜日は、特別な日となっていくわけです。安息日を守るというのは、 復活の主イエスにお会いし「平安があるように」と祝福のことばをいただく積極 的な意味を持つ日とされていくわけです。ですから義務として安息日を守るので はなく、特権として意識していく。神様が私たちを招き「平安があるように」と 祝福を注がれる、それを皆で一緒に受けていくという暖かい意味で守っていきた いものです。ですから、もし安息日を守れないようなことがあるならば、まず私 たちは神に祈るべきでしょう。神は必ずや一週に一度の休みのリズムと、「平安 があるように」という祝福のことばをおかけになるときをあなたの生活にも実現 してくださいます。実際、明治9年まで日本の社会制度に、日曜休日制などあり ませんでした。しかし、神がやはり働いてくださったのです。日本人が日曜日に 仕事を休み、教会で礼拝をすることが可能となる時代変化が起こりました。神は、 あなたをも礼拝に招いておられます。もし、あなたが十戒の第4戒の要求を満た すことができないと思っておられるならば、そのことを率直に神に祈るべきでしょ う。神が働いてくださいます。

    2002年2月17日 「神の御前に生きる」 (出エジプト記20章12-17節)

    東京恩寵教会の榊原康夫先生は、「新約聖書ばかり朗読していると、教会の礼拝 はだんだんだんだん甘い礼拝になります。」と言っております。私もそのとおり に思います。旧約聖書のメッセージは礼拝を引き締めます。ただ十戒のメッセー ジは過度に緊張感を与えることがあります。しかしそもそも旧約のメッセージは、 新約の光の中で読み解く必要があるものなのです。十戒のメッセージは、十字架 の光の中で読まなくてはなりません。たとえば安息日を破る者は、十戒によれば 神の呪いを受ける。それは子孫、3代4代にまで渡るのろいです。こういうこと がわかって礼拝を出欠している人は少なく、気軽に自分の思いのままに信仰生活 をしている現実があるように思います。ともあれ、そういう人にとっては、実に 耳障りの悪い教え、ただのさばきのメッセージにしか聞こえないことでしょう。 けれども十字架をよくよくわかっている人は、そうは受け止めないわけです。罪 の赦しを告げ知らせるイエスの十字架によって、その神ののろいから守られてい ることを思い起こせるからです。クリスチャンは、信仰を持ちますときに、私は イエスの十字架によって救われたなどと言いますが、実際にはその後も繰り返し、 いわば生涯に渡ってイエスの十字架によって守られ続けているのが本当です。 それが罪の赦しを確証する聖餐式の意義にもつながっていきます。聖餐式に意味 を見いだせず、つまらない儀式と軽んじている人は多いかもしれません。私たち が日々、イエスの十字架によって神の怒りから守られている、信仰を支えられて いることがわからなくては、心底聖餐式の素晴らしさを味わうことなどできませ ん。さて第4戒、両親を敬うことを教える戒めです。両親を敬いなさいと教えて もだめです。現代において、親なんか尊敬するどころか、馬鹿だと思っている子 どもの方が多いでしょう。しかし、私たちは子どもにそう言わせるような教育を しているのです。学校で一生懸命子どもの能力を開発している。そして家庭は学 校の下請け産業のようなもので、さらに能力強化をしているのです。能力を育て るばかりでは、決して親を尊敬するような子どもにはなりません。親を尊敬する 子どもには、それなりの心の育ちというものがあります。礼節とか、わきまえと か、情感とか、思いやりとか、そういう部分が豊かにならないと、決して人は人 を人間として尊敬しないものでしょう。親はたとえ知識の量に劣っていたとして も、人間としてそれだけ長く生きているのです。長く生きていれば、それだけ様 々な苦労、痛みといったものがあるものでしょう。そういう目に見えない部分を 見たり、理解したり、大切に思う力があってこそ、一見何の取り柄もないように 見える父親なり母親なりを大事に思うものではないでしょうか。第5戒、殺して はならない。第6戒、姦淫してはならない、第7戒、盗んではならない、第8戒、 偽証してはならない、第9、10戒、むさぼってはならない。これらをただ字面ど おり読み切ってはいけません。殺してはならない。生かしなさいと読むのです。 同じように、姦淫してはならない、愛しなさい。盗んではならない与えなさい。 偽証してはならない真実でありなさい。むさぼってはならない、満ち足りる心を 持ちなさいと読むとよいでしょう。それぞれ、十戒を正しい信仰の規範とされま すようにと祈ります。

    2002年2月24日 「人となられたキリスト」 (ヨハネの福音書1章14-18節)

    ヨハネがこの福音書を書いたのは、およそAD90年代のこと、すでにキリスト教信仰が、 ユダヤ人以外の世界にも広まっていた時代のことです。ヨハネはそのような状況を念 頭に置いたのでしょう、どの文化の人にもイエスがどういうお方であるかがわかるよ うな言い方をしています。つまり「ことば」「いのち」「光」「恵み」「まこと」と いった言い方で、イエスがまことの神であることと、神の何であるかを伝えようとし ています。日本人は、宗教心はあるものの信仰心はない、とよく言われます。神や信 仰は大切であると考えているし、神を信じる人は多いのです。しかし、特定の神を信 じる人は多くはありません。乱暴な言い方かもしれませんが、日本人は信心する態度 を大事にしますが、信心の対象は何でもよいわけです。けれども、それは対象への関 心が全くないということではないように思います。実際、私などは様々な仏像を見る たびに思います。仏像を作る背景には、信心する対象をあれこれ想像する営みがある と。神はどのようなお方か、神々しいお方を、あれやこれやと想像し、イメージにし ていく営みがあるのです。そんな日本人には、ヨハネは、神を想像する必要などない。 神は、イエスにおいて完全にご自分を現してくださった、自己紹介してくださったと 教えているようです。神は、万物を創造する力であり、人にいのちを与えるものであ り、暗闇の世を照らし平安と祝福へと導く光であり、人に恵みとまことを施し示され るお方である、イエスをつぶさに観察することで、神がどういうお方であるかがよく わかる、そういう言い方です。また、そのように神を理解していくことができれば、 キリスト教信仰をご利益でとらえることからも脱却していけるはずです。信仰の持ち 方には色々あります。ある人は、歳も取ったのでそろそろ墓地を決めておきたいとい うので、信仰を持ちます。ある統計によれば、日本人はこういう信仰の持ち方が一番 多いそうです。そしてある人は、何かの危機体験、つまり離婚や死別、人間関係の摩 擦、リストラ、子供の上登校などなど、様々な困難さの中で神に救いを求める、いわ ばご利益に基づいて信仰を持つことがあります。私は、自分の生き方として信仰を持 つことが最もよいであろうと考えています。信仰を持つというのは、決して特別なこ とではありません。それは人間が人間らしく生きるための基準を持つことに他ならな いのです。そしてイエスは、本来神の形に造られた人間がいかに生きるべきかを具体 的に示すお方です。他人にいのちを与え、光を与える、恵みとまことに富んでいる、 そういう生き方というのは、真に人間らしい生きかたではないでしょうか。奇跡を味 わう、ご利益を味わう、そんなことが宗教なのではありません。また私たちは、罪の 深みに強く絡めとられながら、生きている現実もあります。イエスはそのような私た ちが、罪から自由になるための救いを与えるお方です。私たちの罪の赦しのために、 十字架で神の怒りを負ってくださったかたらです。その罪の赦しは、永遠の罪の赦し です。つまり、信仰を持っても罪を犯しやすい私たちの生涯を重々承知で、私たち自 身を受け入れる犠牲でした。私たちにはいくらでもやり直しのチャンスが保障されて いるのです。なぜキリスト教信仰が必要なのかといえば、それは、人間がまことに人 間らしい生き方をするためには正しい模範が必要だからです。そして人間らしい生き 方へのチャレンジを支え続ける、神の赦しと励ましと助けが必要だからです。

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    2002年03月


    2002年3月3日 「いのちを得る」 (ヨハネの福音書20章19-31節)

    しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あ なたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御吊によっていのちを 得るためである。(ヨハネの福音書20章31節)

    信仰というものは、個人的なものです。友人が信じているからとか、家族が信じてい るからとか、そういう動機付けで信じるようなものではありません。あくまでも、個 人的に神様を向かい合って、神様がおられる、イエス様が私を救ってくださった、そ ういう確信を持って信じることが大切です。聖書を読みますと、やはり、当時の人々 も、イエス様にお会いし、イエス様と向かい合って、自分にとってこの人はどういう 方なのかというところを問われていることがわかります。あなたにとって、イエスは どういう方か、こういうことをきちんと考えなくてはなりません。そこでよく言われ ることは、イエスは偉大な博愛主義者であり、教師であるということです。しかし、 オックスフォード大学やケンブリッジ大学で中世・ルネッサンス英文学を講じたCSル イスは、そういう理解はよろしくないという言い方をしています。つまり、イエスを どのような方かと理解するか、そこには三つの選択肢しかないというのです。その三 つは、イエスを「まことの神」と受け止めるか、「狂人」と受け止めるか、それとも 「地獄の悪魔」と受け止めるかいずれかであろうというのです。実際、イエスは、弟 子たちに自分をどのようなものであるかということを、聖書を読んで見ますと、聖書 は、イエスが弟子たちの礼拝を受け入れたということを言っているわけです。ご自分 を神として弟子たちが礼拝することを受け入れているわけです。そして極め付けにこ う言っています「わたしには、天においても、地においても、いっさいの権威が与え られている」 なんと、私は天皇だ、王様だと言っているのではないのです。そういう ことを言い切ること自体もたいしたものですが、「天においても」権威が与えられて いる。つまり神だとはっきり言っているわけです。これをどう考えるか、普通だった ら、頭がおかしいと考えるでしょう。こういう言い方をする人間を、当時の弟子たち が、神だと認めるには、それなりの根拠があったはずのです。で、その根拠は何なの か。それは神が人間イエスとなって担った役割にあるのです。これをキャメロットと いう戯曲によって説明しましょう。アーサー王の伝説を素材にした宮廷恋愛劇です、 アーサー王の妻が、王の側近と上倫の関係になるわけです。王は激しい苦悩に陥る。 国の法律に従えば、妻は有罪、火あぶりの刑です。しかしアーサー王は、そのような 妻を深く愛しているのです。そこで、おいのモードレットがそのつらい気持ちをさら に次のように語って窮地に立たせます。「アーサー、なんと過酷なジレンマか、王妃 を処刑するなら、お前の命も尽き果てよう。しかし、王妃を逃すのなら、お前は偽り 者となるのだ。いずれにすべきかアーサー。王妃を殺すのか。それとも法律を犯すの か」 アーサーを神にたとえましょう。そして王妃は私たちです。サタンが神に向か って言います。「神よ。なんという過酷なジレンマか。人間どもを処刑するなら、お 前の命も尽き果てよう。しかし、人間どもを逃すのなら、お前は偽り者となるのだ。 いずれにすべきかアーサー。王妃を殺すのか。それとも法律を犯すのか」神はこのよ うな過酷なジレンマに、イエス・キリストという人となって、自らを処罰するという 方法で、人間を赦すと同時に、自らの法を守りぬいたのです。神は正しいお方である がゆえに、人間の罪をただで赦すというわけにはいかなかったわけです。人間の罪が 赦されるために、それなりの償いが必要とされた。そしてその償いを自ら負ってくだ さったというのが、聖書の語っていることです。イエスは、自らを神と呼んだ。しか し、それは狂人の妄想ではなくて、人間の命を救うために、神が自らのあり方を捨て て、正真正銘イエスという人間になってくださった結果の故でした。イエスを神とし て認めるときに、イエスにある救いを私たちはいただくことができるのです。

    2002年3月10日 「新しく生まれる」 (ヨハネの福音書3章1-21節)

    「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を 見ることはできません。」(ヨハネの福音書3章3節)

    ニコデモという人物が出てまいります。この人物は、当時6000人ほどいたとされる、 厳格にユダヤの律法を守る宗教家でした。さらに社会的・政治的にも重要な地位にあ った人です。当時、イスラエルには、エルサレムの衆議所にサンヘドリンと呼ばれる 議会が設置され、そこで選ばれた71人の議員が国の政策を決定するという仕組みがあ りました。ニコデモはどうやらその一人であったようです。しかも、そういう議員の 中でもほんの一握りの人、特に優れ、尊敬を受け、人望を集めていた人であったと推 測されています。ニコデモは、ロイヤルファミリーの育ちで、超エリートと言える存 在です。一方、イエスはといえば、ナザレの出身。当時ナザレは、もっとも貧しい地 域の代吊詞です。そうした貧しい地域の出身であり、さらに、イエスには「私生児」 という噂がありました。ブルーカラーの庶民的な存在です。そんな対照的な二人を考 えますと、ニコデモがイエスを訪ねるというのは、プライドをかなぐり捨てるような 大変な勇気を必要としたことであろうと思わされます。ですからおそらく、ニコデモ は、議会で噂になったイエスに注目しつつも、その立場のゆえに、なかなか声をかけ ることができないでいたことでしょう。おそらく、町でイエスをみかけると、群衆の 背後からその様子をじっと見、またイエスの話されることに耳をそばだてる、そんな ことを続けていたのではないでしょうか。そんなニコデモが、ついにイエスのもとに 訪れ、教えをこうわけです。自分の生活をお金に換金して、天国の入場料を払うとし たら、ニコデモの場合、有り余るおつりがくるほどに、立派な人であったと言われま す。けれども、当の本人は、そんなふうには考えていなかったわけです。むしろ、天 に入る確信を持ち続けられずに、イエスに教えを請いに来た。では、その奇蹟の御業 は、具体的にどのようにしてなされるのか。イエスは、ユダヤ人であれば誰しもがわ かる、たとえを持ち出し、神の方法に従うことを勧めます。つまり、十字架のイエス を、自身の罪の赦しのため、自身の心が新しくされるためのものだと信じることだと いうわけです。私たちは信仰をするために多くの理屈を求めがちです。しかし、信仰 は本来上合理なものです。わからないからこそ信じるという部分があるでしょう。ど うしてイエスの十字架を信じると心が新しくされるか、理屈がよくわからずとも、そ の神が定めた方法に素直に従うことが大切なのです。

    2002年3月17日 「イエスのとりなし」 (使徒の働き1章1-11節)

    私たちの大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯さ れませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。 (ヘブル人への手紙4章15節)

    イエスの十字架と復活については、多くのことが語られます。しかし、復活されたイ エスはどうなったのでしょう。今日はこの質問について、聖書から教えられてまいり ます。聖書は、天に戻られたイエスが、支配者として君臨されていることを伝えます。 エペソ書にこうあります。 「神は、その全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみが えらせ、天上においてご自分の右の座に着かせて、すべての支配、権威、権力、主権 の上に、また、今の世ばかりでなく、次に来る世においてもとなえられる、すべての 吊の上に高くおかれました。また、神はいっさいのものをキリストの足の下に従わせ、 いっさいのものの上に立つかしらであるキリストを、教会にお与えになりました (2:20-22)」 イエスは、天において主権者、しかもあらゆる権威の上に立つ最高主権者としてある というのです。そこで考えたい。私たちは、主の祈りを口ずさむたびに、「国と力と 御栄えとは限りなく汝のものなればなり」と信仰告白をいたします。つまりイエスを 自分の主と告白している。けれども、実際に、私たちはどれほどその告白に生きてい るものでありましょう。口先ばかりということがあるかもしれません。実際にやって いることと口で告白していることのずれに気づいてすらいないということがあるかも しれません。自分がどういうクリスチャンであるかということをよくよく自己吟味し、 反省するべきは反省する、引き締めるべきは引き締める、そういうことなくして信仰 者としての進歩はありえません。 さて第二に、イエスは、大祭司として働いておられる。実に私は、このことに、神の すばらしい恵みを覚えさせられます。 神が私たちを天に招くということであるならば、それこそ手を汚さずに、天からくも の糸を垂らして、私たちを引き上げることができたことでしょう。しかし、神は、天 を押し曲げて、私たちのために降りてきてくださった。イエスという人となって、私 たちと同じ誘惑と痛みと苦しみを味わう中で、一緒に天の高さへと歩まれることを望 まれたわけです。そして望んだばかりか実際に十字架において、そうしてくださった。 それで天に戻られたら、神はイエスという人間性を脱ぎ捨てることもできたわけです。 ところが神はイエスという人間性をなおも背負ってくださっている。実に私たちの理 解を超えたことですが、神は人間であることの一面をそのまま負い続けてくださった のです。大変な神の慰めと励ましを、ここに覚えます。 というのも信仰というのは一生の事柄です。信仰にも浮き沈みがあります。信仰を持 っていることがそれこそ「足かせ」に思えることがあるものです。いっそう信仰など 捨て去って、世の中の自由さ、放縦さに戻りたいとすら思うことがあることでしょう。 けれども、一度神の聖さを知った者は、罪の世界に戻ることをよしとしないものです。 なぜか。罪の世界から救われたと確信している者であるならば、世の生活にバックス ライドすることがいかに空しい結末に至るかということがよくわかるからです。だか ら思いとどまる。思いとどまるけれども信仰は弱くなるし、心はすさんでいくという ことがある。そういう人はもうだめなのかというとそうではありません。イエスが私 たちの弱さを感じてくださっているからです。イエスは決して罪を犯すことはありま せんでしたが、私たちと同じ弱さをつぶさに感じ取られた方である。その方が天にお られ、いっさいの主権を持っておられるのです。そして私たちのためにとりなしてく ださっている。なんという励ましであり、慰めでしょう。 このイエスを覚える時に、私たちは、いつまでも愚かあってはならない、進歩なき信 仰であってはならないと、思わされるのではないでしょうか。 クリスチャンになるというのは、いわゆるよい子になるというものではありません。 このイエスの愛と配慮に感じ、支えられて日々よりよい生を生きることにほかならな いのです。

    2002年3月24日 「イエスにある希望」 (テサロニケ人への手紙第T4章13-18節)

    私たちはイエスが死んで復活されたことを信じています。それならば、神はまたそのように、 イエスにあって眠った人々をイエスといっしょに連れてこられるはずです。 (テサロニケ人への手紙第一4章14節)

    イエスについては、十字架と復活が語られて、それでお終いということがあります。しばしば イエスについての説教は、過去の十字架上の存在で終わってしまうのです。 しかし、聖書はイエスが、再びこの地に来られることを明言しています。それなのに、キリスト の再臨について、今日教会で語られる機会は大変少なくなっているように思われます。なぜでしょう。 戦中の心傷体験のためでしょうか。戦中、キリスト教会のある教派は、この「再臨思想」のために 大変な痛みを負いました。キリストの再臨は精神的なことで、実際のことではないと告白するまでに 拷問され、あげくには獄死した牧師もいたようにです。天皇を神とする時代が過ぎ去っても、 その後遺症が深くキリスト教会に影を落としているのでしょうか。 あるいは、新興宗教ショックと言うべきものがあるのでしょうか。何か、カルト的な宗教がオカルト的な 終末思想に基づいて、常識を逸した行動を取り、新聞の社会面をにぎわすことで、自分たちも同じように 思われているということへの恐怖心がそうさせてしまうのでしょうか。 ともあれ、今日のキリスト教会は聖書で明言されている「再臨」について、 公に語ることをためらっているように思われるところがあります。 しかし、これが聖書の基本教理の一つであるならば、私たちはやはり、このことについて信仰的な確信 を持って歩むべきことでしょう。 で、聖書はこの再臨についてどのように語っているのか。聖書は、その日、その時は誰にもわからないことである。 神のみが知れることであると明言しています。この点については注意しなくてはなりません。 何年、何月、何日に、何々が起こるというようなものではないということです。 しかし、再臨が近づいている前兆を知ることはできると語っています。戦争や地震や飢饉といった状況が繰り返され、 時代が悪くなっていくことで、その日が近づいていることを知ることができるというわけです。大切なのはその日が 近づいていることを知れるのであって、その日がいつかを知れるというのではないのです。 そしてこの日、神を信じる者は、イエスの主権のもとに集められるとされています。ただ集められるのではない。 まったく新しいいのちと新しい体になって、新しい天と地に集められると言うのです。その日は、私たちのすべての 労苦が報われる、すばらしい日です。 このような日が近づいている、このような日に向かって生きている、そんな私たちに、聖書は、こう勧めるのです。 「そういうわけで、愛する人たち、このようなことを待ち望んでいるあなたがたですから、しみも傷もない者として、 平安をもって御前に出られるように、励みなさい(Uペテロ3:14)」 再臨は私たちの理解を超えたもので、もし、理解しようとするならば、劇画のような安っぽい受け止め方になって しまうような気がします。肝心なことは、私たちがやがて神様とお会いするその時が近づいているということを、 それがいつであるかはわからないということです。ですから、私たちはいつでも、神様にお会いするにふさわしい 歩み方をしていなくてはなりません。そしてふさわしい歩み方というのは、心にしみも傷もない者として歩むという ことで、これほどに、人間として美しい生き方はないのではないでしょうか。

    2002年3月31日 「主イエスにある新しさ」 (ルカの福音書24章1-53節)

    「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」 (ヨハネの福音書11章25節)

    日本人にとって、キリスト教の礼拝ほど身につくものが難しいものはありません。考えてみれば、日本人には、 「神を礼拝する」という文化がありません。それは、イスラム教やユダヤ教、あるいはキリスト教を国教とする 国々の文化と比較すればよくわかることです。 日本人は、初詣、学業・商売の祈願、などのために神社仏閣を訪れます。これは、ご利益的祈願と呼ぶべき宗教行動 であって、礼拝とは違うわけです。毎週、定められた場に集まって、目に見えない神を覚えて、それこそ地にひれ伏し、 崇敬して、献身の意を固める、いわば礼拝をささげるという宗教的慣習ではありません。 ですから、キリスト教信仰を持って、一番苦労するのが、この礼拝という生活習慣、あるいは教会生活というものを 築き上げていくことだといえるでしょう。 ただ、信徒さんをよく見ていますと、これが苦なくできてしまう人と、なかなか苦労してしまうような人がおります。 その違いは何か。思いますに、やはり礼拝の理解というものの相違でしょう。 苦なく礼拝に集う人というのは、ちゃんと復活の主イエスを見ております。実際、初代教会の弟子たちは、 礼拝に集まって何をしたかというと、お互いの近況を報告しあったとか、お互いに慰めあって、励ましあったとか、 楽しい賛美を歌いあったとかそういうことではなくて、復活の主イエスにお会いすることを楽しみとして集まりあったわけです。 復活の主イエスは、毎週日曜日ごとに、ご自身を弟子たちに現しました。だから弟子たちは、口々に誘い合って、 イエス様にお会いできるということで、喜んで集まりあったわけです。 最近、私が大変お世話になった宣教師が、日本を訪れるというお話を聞きました。私はその宣教師に大変愛されたという 思いがありますので、宣教師が東京にまいりましたときには、もう先約をキャンセルしてでも、その宣教師にお会いしよう と思っております。 で、復活の主イエスにお会いしようと、集まりあった、弟子たちもそんな思いであったことでしょう。 イエスに深く愛された、イエスに育てていただいた、イエスに生きがいを与えていただいた、イエスに苦しいところを 助けていただいた、そんなイエス様に、日曜日の礼拝の場でお会いできる、だから何が何でも日曜日は、いっさいの用事 をお断りして集まりあったということでしょう。 礼拝というのは、そういうものです。礼拝というのは義務ではありません。むしろ、イエスにお会いできるという 素晴らしい特権です。そしてこのイースターの日は、まさにそうした礼拝の原点を確認するときでもあるのです。 主イエスが復活された、それは私たちの信仰の確信を深めるものではありますが、何よりも、日曜日ごとに、 この復活の主イエスにお会いする、そしてイエスのおことばをいただくことができる、イエスの祝福を受けることができる、 そういう思いを持つことが大切でありましょう。

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    2002年04月


    2002年4月7日 「愛のうちに建てられる」 (エペソ人への手紙4章1節-5章1節)

    キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また備えられたあらゆる結び目によって、 しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです。 (エペソ人への手紙4章16節)

    この手紙が書き送られたエペソは、当時、エジプトのアレキサンドリヤ、シリヤのアンテオケに並ぶ東地中海の三大都市でした。 海洋貿易の大都市であり、東からも西からもたくさんの人々が行きかい、様々な文化が流れ込む大都会であったと言えます。 大都会の特色の一つは、情報量の多さにあると言えますし、教会も例外ではありません。様々な思想的な影響にさらされます。 そのような中で教会形成をするというのは、本当に至難の業であると言ってよいかもしれません。 たとえばあるNGO団体を作り上げるとしましょう。どういう団体を作るか、互いに意見をぶつけ合い、こうしようああしようと、 議論を煮詰めて作り上げます。その過程で意見の合わない者が出てきたらどうするか、まあ、普通は、目的は同じなんだから、 とうまく折れ合っていくはずです。しかし、うまく折れ合えない場合、拘りがある場合、それぞれ別々に団体形成をするしかありません。 ところが、教会形成については、事情は全く異なるわけです。教会を形成する作業は、非常に特殊である、と言わなくてなりません。 というのも、教会はこうあるべきだというその青写真がすでに出されているからです。 おそらくエペソの教会は、様々な思想的な影響のもとで教会のありようについての様々な議論があったのでしょう。 パウロは、そういう状況を鑑み、教会はこうあるべきだという全体像をはっきりさせています。それが今日の私たちの教会形成の指針にもなっているわけです。 で、パウロは、前半の3章において、教会の理念を明確にしています。後半の3章では、そういう教会をいかに形成していくかという実際的なことを語ります。 簡単に申せば、教会形成というのは、キリストの十字架の愛に基づく共同体を作り上げるということです。 教会の中心はキリスト、その本質は、十字架の愛という価値の実践と伝達です。 そのために、教会を形作る一人一人が聖書の語る謙遜や柔和、寛容、愛といった価値観に自身をすり合わせ、変えて生く、つまり実践していなくてはなりません。 また、キリストの十字架の愛の共同体を作るということは、そうした自己努力のことばかりではありません。相互努力が必要な部分もあるわけです。 パウロは、第一に、皆が心を合わせて一致し、仲良くしていくこと、第二にそれぞれの賜物を活用し、お互いの欠けを補い、よさを活かしあうべきことを語ります。 そして最後に、これらを神が立ててくださった牧師に従うという、いわば秩序だって行うことを進めるのです。 牧師の最も重要な役割は、聖書的価値の伝達です。そのために牧師は、神学校で聖書の原著を読む専門的な訓練を受けるわけです。 しばしばギリシャ語、ヘブル語、アラム語づけになる神学校生活で、何のためにそんな勉強をするのかわからない、というような神学生がおります。 しかし、理由ははっきりしています。「翻訳物には限界がある」からです。 翻訳物の限界というものをわからなくては、聖書の正しい価値の伝達は決してできません。 また、私たちは聖書の価値を伝えているようで、意外と自分に都合よく、自分の言いたいことを、聖書を利用して語っていることに気づかないでいるものです。 正しく聖書の伝えているところを理解し、そのまま伝える訓練を受けるために、神学校という場があるわけです。 牧師職というのは、単なる教会マネージャーではありません。聖書の価値を伝えるということで、教会形成を進める、牧師職の重要な役割です。 このようにして、私たちは、明らかにされたキリストの十字架の愛のうちに、教会を建て上げるということになるのです。

    2002年4月14日 「私たちのささげる礼拝(備え)」 (ヨハネの福音書4章19節-24節)

    しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。 父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。 神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。 (ヨハネの福音書4章23-24節)

    礼拝において大切なことは、どんな場所でとかどんな建物で、ということではありません。 「霊とまことをもって」という私たちの礼拝に臨む態度そのものです。私たちの心の態度が礼拝のすばらしさを左右する最大の要因なのです。 私たちは神を礼拝するのですから、やはりわきまえを持たなくてはなりません。 ある方が「僕は一升瓶を酌み交わして気楽に話せるような神様じゃなかったら、そんな神様はいらない」と言ったそうであります。 私はそのような過激な言い方をしたくなる気持ちはよくわかるつもりですが、決して神様の前に身の程知らずになってはならないでしょう。 天地万物をお造りになった神、万物を支配された神の前に出るという認識を忘れてはなりません。 それで聖書の神は、旧約聖書を読みますと、時と場を定めて人とお会いしているわけです。 つまり、礼拝の主導権は神にある。神が時と場を定めて、私たちと会おうとしてその場にご臨在してくださるのです。 日本の神社仏閣のように、神様が建物の中に鎮座して、「さて宮参りにでも行ってみるか」と拍手を打って帰ってくる、そういうものではありません。 私たちの都合で私たちが会いたくなればいつでも会っていただけるそういう気楽なお方ではありません。 神は時と場を定めて、礼拝に招いてくださっているのです。しかも聖書は、ご臨在した神がそこでただ鎮座しておられるというのではなくて、 「真の礼拝者を求めておられる」と言うのです。まごころから礼拝をささげようとしている人を探し見ておられるのです。 神は、創造の第一日目に光をお造りになりました。六日間創造の業を続けられまして、七日目には休まれるわけです。 ご自分がお造りになった人を祝福するために、わざわざ一日を割いてくださったのです。 時と場を定めて礼拝に招いてくださる神は、そこで「真の礼拝者を求め」祝福しようとして向き合ってくださっている、これが大切な点です。 こうなりますと、いい加減な礼拝などささげられません。頭の半分は仕事、半分は礼拝、 あるいは半分居眠りと言った中途半端なことでは、礼拝にはならないわけです。 それぞれ仕事や勉強など色々なことがある一週の中で、少しずつ、次の日曜日の礼拝のために整えられていく、 そして整えられて礼拝に臨んでいく、神様の祝福を受けるために心して定められた時と場に出て行くことが大切です。

    2002年4月21日 「神のことば」 (ネヘミヤ記8章1節-8節)

    聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練に有益です。 それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです (Uテモテ3:16-17)

    礼拝における聖書朗読の重要性は、意外とわかられていません。実際、賛美礼拝というものがあるならば、 なぜ聖書朗読礼拝というものがないのか、上思議です。というのも、もし礼拝プログラムを削って、 たった一つだけ残せといわれることがあったら、何を残すか、プロテスタントのクリスチャンであったら、 迷わず賛美ではなく、聖書朗読を残すはずだからです。 それだけに、司会者は十分な準備をしてこれに臨まなくてはなりません。で、どのように準備するか。 ドイツ文学者の小塩節さんは、ドイツでの礼拝体験について触れて、「誤りなく、正確に、しかも生き生き、朗々と読み上げる」聖書朗読の様が、 「一種の芸術的な「演奏」に近い、神様からみことばをいただき、かつまた神様に献げる賛美である」と語っています。 このような発声といったテクニカルな鍛錬に加えて、私は内容理解の習熟にも必要があろうかと思っております。 つまり、詩文である詩篇と歴史書であるネヘミヤ記では自ずと読み方が変わってくるはずでありますし、 たとえばヨハネ福音書であれば、90歳以上の老人が筆を握って語りかけているという理解が必要です。 極端に紙芝居的になる必要はありませんが、筆者の心と息吹を伝える力が要されるのです。 聖書朗読は、神のことばをいただいて、直接会衆に伝えるという、礼拝における最も光栄な務めです。 説教は、聖書の翻訳という意味では、聖書朗読の下に格付けされるものです。 この点、私たちの意識はさかさまになっているのであって、教会に説教を聴きに行く、説教に間に合えばよしといった態度は改めなくてはならないのです。 ともあれ聖書朗読は、神のことばをいただくという象徴的な意味から、自分の聖書ではなく、講壇用の聖書を用いてなされる必要があります。 また、差別用語、度重なねられる改訂をきちんと施しているという実際的な理由からも、それが用いられるべきでしょう。 そこで、聖書朗読にしても、説教にしても、私たちは、神様のことばをいただくのですからその聴き方に注意しなくてはなりません。 エゼキエル33:30-32を見ますと、劇場に通うような感覚で会堂に集まってきていた当時のイスラエル人に神様が怒りを発せられていることがわかります。 今日の説教はすばらしかった、そんな聴き方、態度ではだめだということです。 礼拝の中心は神様のことばが伝えられる聖書朗読です。説教はその翻訳です。 となれば、私たちは神のみことばを実行する意思を持って耳を傾けなくてはなりません。 そうあってこそ、聖書は、私たちの生活に益するものとなり、私たち自身がよい働きのために整えられていくということになるのです。

    2002年4月28日 「神に祈り・賛美する」 (詩篇100篇)

    あなたの義のさばきのために、私は日に七度、あなたをほめたたえます。 (詩篇119:164)

    礼拝には、公的礼拝と呼ばれるものと私的礼拝と呼ばれるものがあります。 前者はいわゆる教会でなされるもので、一般の聖日礼拝のことです。 一方、私的礼拝は、個人で、または家族で、さらには友人・知人の間でなされるものです。 個人でなされる礼拝は一般にディボーションとも呼ばれます。 しかし、これが礼拝になっているかどうかです。イスラム教徒は、日に五回の礼拝をささげます。 近くにモスクがあればそこで、なければ大きな布を広げて、その場で、まさに礼拝という宗教的行為をいたします。 しかし、クリスチャンの場合は、個人礼拝でなされることは、聖書を読んで、 「アパルーム」や「みことばの光」といったサイドリーダーを読んで祈りをささげる、そんな程度ではないでしょうか。 あるいは、聖書研究のような、「お勉強」になっているのではないでしょうか。 イスラム教とキリスト教では個人礼拝に対する考え方が違うのでしょうか。そうではありません。 それは日本人が礼拝についてよくわかっていない、聖書から教えられていないだけのことです。礼拝はあくまでも礼拝です。 個人礼拝があってこそ、毎週日曜日の公的礼拝も充実するのです。 そして実際聖書から個人礼拝をしている場面について、色々と調べてみますと、個人礼拝では、「ひれ伏す」ことが強調されているのです。 旧約聖書の人々は、朝ごとに、神が自分の生活の場にご臨在してくださると理解していたようです。 そのご臨在してくださる神さまを覚えて、まずはひれ伏す。つまり、礼拝の本質というのは、神に栄光を帰すことです。 天地万物をお創りになり、全世界を支配しておられる神を覚え、その神に心から忠誠を誓い、また心から栄光を帰す、その栄誉を称えるということです。 それをイスラム教徒の方々は日に五度していらっしゃる。で、クリスチャンは朝ごとに、つまり一日に一度なのかというとそうではありません。 聖書を読み集めしてみますと、日に二度という人がおります。日に三度という人がおります。そして今日の箇所は日に七度と言っているのです。 こうなりますと、自分の全時間をかけて神に栄光を帰していくということとほとんど同義です。 私たちは自ら個人的に礼拝をささげるという習慣をどこかで築いていかなくてはなりません。 そしてその隠された生活の反映として、私たちの全生活をもって神に栄光を帰し、神のすばらしさを宣言し、神のすばらしさを証ししてまいりましょう。

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    2002年05月


    2002年5月12日 「祝福の祈り」 (民数記6章24節-26節)

    主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。 (Uコリント13:13)

    礼拝の終わりになりますと、牧師が講壇に立ち、祝祷をいたします。普通祝祷は、教職者としての経験を積み、 教職試験をパスし、安手礼を受け正教師になった人だけに許されるものです。つまり、それほど重要な行為なのですが、 この祝祷は案外軽く受け止められているのではないでしょうか。 礼拝のしめくくりの儀式、なんかではありません。祝祷には、いくつかのバリエーションがあります。 しかし最もよく用いられるのは、Uコリント13:13のものです。 この文言にある「あなたがた」を「私たち」と読み替えて祝祷されることがありますが、読み替えるならば「会衆一同と共に」とすべきでしょう。 ある大先生がそのように読み替える心境をこう教えてくださったことがあります。 羊を牧する者として、その働きの上十分さを考える時に、どんな努力も十分ではないことを考える時に、 もし、私に祝福があるとしたら、それはいらない、私の分などいらないからすべての祝福を信徒一人一人にお注ぎくださいと願わされる、 だから「会衆一同と共に」なのだと。私は、その大先生のように思い切ったことが言えるような器ではありませんが、 実際に、これから新しい一週の歩みを始めようとされる、また順調な信仰の歩みを妨げようとする世の荒波の中に出て行く信徒一人一人を思いますときに、 やはり心からその守りと祝福を願わざるを得ません。そこで私は「会衆一同と共に」という読み替えを好んで使っております。 さらに、Uコリント13:13を好むのは、この祝祷のことばが、ただ三位一体の神の羅列ではないからです。 そこには、神の私たちに対する働きかけが語られています。キリストは私たちに恵をもたらしました。 神は私たちを愛し、聖霊は私たちを守り導くのです。 またその順序に注意してください。イエスキリストの犠牲によって私たちは神と和解しているのです。 イエスの恵とはそういうことです。そのイエスの恵に基づいて、私たちは神に愛されることを、そして聖霊に守り導かれることを確信できるのです。 ですから、祝祷というのは、その一字一句が、信仰によって、神と会衆に向かって祈られるものである、 牧師の切なる愛の祈りの行為なのだということになります。祝祷を、信仰によって心から受けられ、新しい一週の歩みをはじめられますように。

    2002年5月19日 「聖餐」 (コリント人への手紙第一11章17-34節)

    みな、この杯から飲みなさい。これは、わたしの契約の血です。罪を赦すために多くの人のために流されるものです。 (マタイ26:28)

    聖餐について、キリスト教界内において理解の違いがある、一般教養として知っておいていただきたいところです。 具体的には、パンとぶどう酒をどう理解するかで、三つの理解があります。第一にカトリックの理解で化体説というもの。 パンとぶどう酒がキリストのからだと血に化けると考える、魔術的な受け止め方です。第二にルター派の理解。 パンとぶどう酒と共にキリストがおられ、その十字架の死を味わうという、共存説です。 第三に改革派、私たちの理解でありますが、パンとぶどう酒はキリストのからだと血を意味すると理解する、象徴説です。 聖餐については、こうした神学的な理解がありますが、大切なことは、その実際的な理解を深めていくことです。 そうでなければ、聖餐は、本当にたいくつで、形式的なキリスト教儀式になりさがってしまうからです。 実際、ドイツの教会では、形式的な聖餐に意義を見出せず、これを廃止し、代わりにカウンセリングを導入する教会が出てきていると聞きます。 つまり、聖餐というのは、元来癒しの手段であったわけです。それは、キリストの十字架の死を味わう、 いわば、キリストにある罪の赦しを味わうものなのですから、そういうものが形骸化されると、もう聖餐に癒しを期待できない、 その代わりに最近流行のカウンセリングに癒しを見出そうという、そういう発想は理解できないわけではありません。 しかし、カウンセリングに聖書的な意味での癒しの機能があるものでしょうか。カウンセリングは、その80%がカタルシス効果であると言われています。 つまり上手に聴いてもらうことで、心にある鬱積を吐き出すことができるというわけです。現代の教会には、そういう意味での癒しも必要でしょう。 しかし、聖書が言う罪意識への赦し、悔い改めの心への励ましと新しい命の付与、こういう癒しは、やはり聖餐なくしてはありえないと私は考えます。 聖餐において必要なのは信仰なのです。前回、私たちは礼拝をささげようと教会に集うが、 神様もまた私たちを祝福しようとしてこの場に来てくださることをお話しました。 私たちは、祝福しようとしてご臨在してくださる神にしっかりと向かいあわなくてはなりません。 聖餐も同様です。神は私たちに罪の赦しを宣告しようと向かい合ってくださっているからです。 クリスチャンになるというのは、聖めの人生の始まりに過ぎません。クリスチャンといってもその中身は様々です。 それは、クリスチャンになる、イコール「解脱」を意味していないからです。クリスチャンの人生、 聖書と真剣に向かい合って10年過ごしてみたら、人は人の何であるかをよくよく知るようになるはずです。 神に近づけば近づくほどに自身の罪の現実を深く悟り、救われたはずの自分がいっそうの救いを必要としていることを知って愕然とすることでしょう。 そのような霊的な営みがあればこそ、聖餐の癒しの機能も満たされるのです。 日々霊的な聖めの歩みを進め、戦う中で、信仰を持って聖餐の恵に与ることとしましょう。

    2002年5月26日 「信仰によって立つ」 (創世記12章1-9節)

    信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、 神を求める者には、報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです (ヘブル11:6)

    アブラハムの物語では、神のご意思が直接的に示されています。旧約聖書ならではの物語。 つまり、現代にはまずありえないお話です。というのも現代においては、神のご意思は聖書をとおして、いわば間接的に知られるものだからです。 で、このような直接的な啓示物語であるアブラハムの体験をどう読むかです。 直接啓示は、旧約特有のお話だから、そういうことがあった、と読み流すべきか、どうかなのです。 当時、カランの遊牧民族は、飢饉などの事情で、一時的にウルに移住することがありました。 おそらくアブラハムの一家も最初からウルにいたのではなく、何らかの理由でウルに来ていたのでしょう。 つまりそもそもの出発点はカランで、彼らはカランを経由してカナンに行こうとしていた。 そしてそこにも理由があったと考えるべきです。実際、ウルには経済的衰退と西方からのエモリ人の侵入など、様々な社会上安がありました。 それでアブラハムの一家は、ウルを出たというわけです。はじめカランを通り過ぎて、地中海方面のパレスチナ、つまりカナンに出る予定でした。 カランにあまり期待するところがなかったのでしょう。しかし実際にカランに来ると、その思いも消えて住み着いてしまったというわけです。 父テラ亡き後、再びアブラハムの一家の大移動が始まります。ここにも「私の示す新しい地へ行け」という神のご意思に並んで、諸事情があったと考えます。 たとえば飢饉があったかもしれません。何らかの理由があり、この地を去るべきかどうすべきか、という状況に追いこめられていたと思われます。 そこで本来ならば、ウルに行くのでしょうが、かつてのウルの社会上安を知っていたアブラハムは、 父テラが行こうとしていた最初の目的地カナンに行くべきではないかと思ったのではないでしょうか。 しかし、そこは未知の世界、今のような旅の安全が保障された時代でもありません。 アブラハムは迷うわけです。これから先どうやって生きていこうか、というところに立たせられて、散々思い悩んだ結果、天地創造の神と出会う。 神と向かい合い、その神の導きに従って神と共に新しい旅路を進めていこう、と決心をした、そういうお話だった、と私は考えます。 しっかりした会社に勤めている人は、しばしば自分がいかに会社のネームバリュー、組織や制度に守られているかをわからないでいます。 一人放り出されて始めて、自分がいかに裸も同然であるかに気付くのではないでしょうか。 自分を守るものが何もない、自分が裸である、そういうことを自覚せずに、信仰を持って生きるなど、できることではありません。 自分すら当てにはならないといった、現実の厳しさに追い込まれることなくして、神により頼むことなどできないことでしょう。 あまりにも環境が整い過ぎているがゆえに、神を求めることも見出すこともできない、そんなことがあるような気がします。 目に見えぬ先がありますか。心を窒息させるような上安がありますか、一寸闇の先にある祝福へと導かれる神を呼び求め、より頼み、歩みたいものです。

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    2002年06月


    2002年6月2日 「主は備えられる」 (創世記22章1-24節)

    だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。 (マタイ6:33)

    アブラハムが、主の祝福の約束を受けたのは75歳、その後再び主が現れて、同じ約束を表明されたのは99歳の時です。 そして約束が実現したのがその1年後。気長なお話です。 普通こんなに待たされたら、まずそんな約束などあてにもしなくなることでしょう。 しかしインスタント感覚に慣れて気短になっている私たちの方がおかしいのかもしれません。 ともあれ、それから12年後今度は息子のイサクを生贄としてささげるように神は命じられます。 愛の神にしてはずいぶん意地悪ではないか。あるいは人身犠牲か、なんとも気味の悪い、いわゆる「神がかり的」なお話だ、と思う人は多いことでしょう。 しかし、これを神の意地悪とも、神がかり的な物語としても、読む必要はありません。前のページに戻って、文脈から判断すればそれがわかります。 実はアブラハムの家族は、イサクを生贄で失うどころか、一族存亡の危機に立たされていたのです。 近隣の権力者ゲラルの王アビメレクと、妻サラおよび井戸をめぐってトラブルが起こっています。今のような治安国家内でのお話ではありません。 無政府状態の古代世界のお話です。小さなトラブルが火種となって、一族が滅ぼされる、そんなことは当たり前のことでした。 ですから、そのトラブルの後アブラハムは、身を守るため好きなベエル・シェバの地を離れ、ペリシテ人の支配する地に移住しているわけです。 なんと信仰の勇者とたたえられるアブラハムが、神様よりもペリシテ人の保護を求める、現実的な選択をしているではありませんか。 そんなアブラハムに、神が息子イサクを生贄にせよと迫られるわけです。そこでアブラハムは考えたことでありましょう。 あれやこれやと考え、自分は間違っていたと気づいたはずです。 イサク、そして一族のいのちを左右するのは、ゲラルの王でもペリシテ人でもない、神ご自身ではないかと。 目に見えない神の存在を、こういう日常性の中で意識できないと、信仰は単に精神主義的なもの、儀式慣習的なものになりさがってしまいます。 私たちの人生には、しばしば「これを無くしたらもう自分には何も残らない」そう思うことがあるものです。 しかし、それは、職場の上司や取引先がそう要求するのではなくして、神が要求されることなのです。 そのように考えることができさえしたら、いかなる窮地においても、この窮地は神が作り出されたものである、 しかし神は祝福を約束される愛の神だから、この窮地の先に望みを用意しておいてくださるはずだ、 つまり「主の山の上には備えあり」と告白することができるのです。

    2002年6月9日 「成し遂げられる主」 (創世記24章)

    あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。 (詩篇37:5)

    生贄の事件は、イサクが22,3歳の青年の時に起こったことであると言われています。 「お父さんちょっと待って、どうかしているよ」と、120歳にもなる老人の手を振り解いて、薪の上から降りることなど簡単なことであったはずです。 しかし、彼は従順にささげものになろうとした。 それから結婚。従順というか、父親の言いなりです。イサクの結婚は40歳の時であると考えられていますが、人任せです。 嫁探しをしたアブラハムのしもべに人を見る目があってよかった、そんな結婚です。 そして井戸の事件。イサクが井戸を掘り、住み着くと、必ず邪魔者が入り込み、井戸を取り上げるのですが、イサクは弱腰で手向かうこともしません。 あっさり諦め、別の場所に新しい井戸を掘る、こういうことを繰り返しているのです。 ついでに子育ての動機が非常にお粗末です。イサクは二人の息子のうち、長男のエサウを愛しましたが、 それは、イサクが肉を好みとしたためで、肉を獲ってくるエサウを大変かわいがったというのです。 子育てにおいて好き嫌いを乗り越え、愛情を注ぐ人間的な力に欠けていたわけです。 どうもこうやって見ていきますと、イサクというのは、従順だとか、柔和だとか言われることが多いのですが、 それはよく言えばということであって、実際には、自分のことしか考えられないし、弱腰で軟弱で、一人社会に放り出されたら何もできない、 ちょっと大変な人だったのではないか、と私などは思わされるのです。 ところが、こういう人物が神の祝福を受けている。そこが大事です。 というのは、イサクが祝福されたのは、アブラハムと神との契約の故にだからです。 アブラハムなくしてイサクのような人物はまず祝福されることなどなかったことでしょう。 よい奥さんに恵まれ、井戸を放棄しても、そのたびに新しい恵みの井戸に与る、そして家畜や財産に恵まれる、そんな人生は送れなかったはずだということです。 ここに私たちに対するメッセージがあります。イサクがアブラハムのゆえに祝福を受けたように、私たちはキリストのゆえに神の霊的な祝福を受けるということです。 パウロは、エペソ人への手紙で、「神はキリストにおいて、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました(1:3)」と語ります。 キリストが神と契約したがゆえに、私たちには霊的な祝福が確約されている。私たちの出来がどうであろうと、関係なく祝福されるのです。 ただ祝福の考え方に注意しておかなくてはなりません。私たちがキリストにあって受ける霊的な祝福は、たましいの祝福です。人間にとって最も大事な祝福です。 実際、どんなに物に溢れ、立派な伴侶に出会い、成功の地位に上り詰めようと、たましいが荒波に襲われている人というのは、幸せではないのです。 真の幸せは、たましいが安らぐこと、ゆたかにされ、うるおされ、生き生きしていることです。その上で、必要なものも過上足なく与えられているということです。 しかし、人間はこういう大事なことがわかっていながらも、「もの」の祝福を追い求める悲しい罪の現実もあるように思われます。 神は、人間に、霊的な祝福をキリストにあって約束されているのです。 私たちがいかようであっても、祝福を受けるに値しない人間と思われることがあっても、神はキリストに約束されたことを、私たちの上に成し遂げられるのです。

    2002年6月16日 「すべてが新しくなる」<真砂バプテスト教会藤井力師特別説教> (コリント人への手紙第二5章17節)

    だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。 (Uコリント5:17)

    私たちは、新しさを求めて生きているところがあります。この場合、ギリシャ語で言えば、三つの新しさを求めていると言ってよいでしょう。 第一に、ギリシャ語でネオスという「時間的な新しさ」を求めています。私たちは、古さに向かう存在、死に向かう存在です。 そういう中で、情報にしろ、娯楽にしろ、何でもいわゆる「時間的に最新のもの」を求めて生きているということです。 第二にカイノスという新しさを求めています。それは質的な新しさ、今までに全くないものを求めるということです。 実際に、生き方や価値観の面で、私たちは今までにないものを求めるということがあるものです。 最後に感性的な新しさ、いわゆるセンスの新しさを求めるところがあります。今の若者文化というのは、自分のキャラ、 いわゆる個性で生きることが大事にされるそうです。そういう外見ではない、内実の深い部分での新しさというものが求められるのです。 ともあれ、私たちは、外見にしろ、質的なものにしろ、内実の深い部分にしろ、「新しさを求めて」生きている。 そして自分を実現しようと生きているというところがあるようです。 ところが、私たちが新しさを求めて完全に自己実現したとして、その結果はどうなるのか。 実は、マタイ19章とルカ18章には、「富める青年の話」が出てきます。これは完全に自己実現した人間のエピソードです。 40にして迷わずと言いますが、実はこの青年、迷い始めているわけです。自己実現をしつつ、心に平安を持つことができないでいるのです。 コンピューターにたとえて言えば、ソフトがうまく作動しないので、リセットする、けれどもリセットでは、もうどうにもならない、 丸ごと新しく買い換えなくてはいけない、そんな状況です。 そこで、私たちは、イエスのうちに新しい命と生があるということを考えたわけです。 イエスの奇蹟によって、私たちの何かが変わるというのではなくて、私たち自身がまるごと新しくされる、それが求められることです。 「新しい」ということばには、「立ち木を斧で切って新しくする」そういう意味があると言います。 聖書は、接木のたとえを語っています。普通、西瓜は、かぼちゃに接木され、西瓜の実がなるそうです。 私たちもイエスに接木されるならば、私たち自身の実がなるようにも思うのですが、そこが奇蹟です。 私たちがイエスに接木されるならば、イエスのいのちが私たちの内に脈々と溢れ、イエスのすばらしい品性の実が私たちのうちになるのです。 その最もすばらしい実は、赦しの愛です。私たちは、なかなか人を赦すということができないものです。 しかし、イエスの奇跡的な御業によって、イエスに接木される時に、私たちは変えられるのです。

    2002年6月23日 「主が私の神となってくださる」 (創世記28章)

    偽りのくちびるは主に忌みきらわれる。真実を行う者は主に喜ばれる。 (箴言12:22)

    ヤコブの家庭は、いささか複雑です。父親のイサクは長男のエサウを偏愛する人でした。 イサクはどうやら考え方の単純な人だったようですから、ヤコブのようなナイーブな人間とはそりが合わなかったのかもしれません。 そこで、ヤコブは家庭に居場所を見出せないでいたのではないか、と私は思います。 当時は、家庭イコール社会、そんな時代ですから、それは大変なストレスであったことでしょう。 そうした性格的部分で?をしやすいことへの劣等感に加え、ヤコブには、生まれに関する劣等感があったのではないか、と考えます。 エサウとヤコブは双子の兄弟です。しかしエサウが先に生まれたばかりに、エサウは長子として大事にされ、ヤコブよりも二?の相続と祝福を受けていました。 もし、自分が先に生まれていたら、あるいは違う星の下に生まれていたら、もっと自分の人生は違っていたかもしれない、 ヤコブは常々そう思い、鬱々とすることもあったでしょう。 さて母親のリベカは、イサクの遺言に等しい祝福の祈りを、ヤコブに受けさせようと画策します。 兄のエサウが父親の祝福を受ける準備のため、外に出かけている最中、母親は、視力の弱った父イサクを騙してヤコブに祝福の祈りを受けさせるのです。 イサクを積極的に騙し、ずるがしこく立ち回ったのはヤコブではなく、母親のリベカでした。 なぜリベカはそんなことをしたのか。コンプレックスの塊でもう一歩も先に進めずにいたヤコブに幸せになってもらいたい、 兄エサウを凌いで快活に生き生きとした人生を送って欲しい、そんな母心が働いたのだろうかと、と私は考えます。 しかし、リベカはそれほどヤコブの幸せを考えつつ、後先のことは何も考えていなかったわけです。 こんな事件を起こして、エサウの心に激しい憤りと憎しみが起こり、殺意によって家庭がめちゃめちゃになるなど、考えもしなかったようです。 ヤコブは父親の祝福の祈りを受けましたが、それで祝福が始まるどころか、大変な苦難の人生に迷い込んでしまいます。 一人家を追い出され、激しいやるせない気持ちを抱きながら、とぼとぼと荒地を歩いたことでしょう。 そして硬い石を枕に野宿をしながら、疲れ果てていつの間にか眠ってしまったようです。 しかし、その真夜中、彼は、自分に祝福を約束される神に出会うわけです。 すべての人間関係が断ち切られ、これから一人どうやって生きていこうか、と途方に暮れたその時、彼は自分のそばに立ち、 自分の人生を導かれる神がおられることに気付かされます。 器用に立ち回ることが人生を成功させるわけではありません。私たちの人生の導き手である神により頼むことが、人の人生を確かなものとするのです。 ですから、私たちはこの神の御前に真実に歩むことを、何よりも心がけていく必要があるのです。

    2002年6月30日 「和合して歩む」 (創世記32章22-32節)

    互いに愛し合うべきであるということは、あなたがたが初めから聞いている教えです。 (Tヨハネ3:11)

    ヤコブは、故郷へ帰る決心をします。それは、母の兄ラバンの態度が以前とは違ってきたからです。 神様はみことばを用いて人を導かれますが、環境を動かして人に一つの道を選択させることもなさるのです。 祝福の儀式を受け、祝福の歩みを始めるはずであったヤコブですが、その後の20年間の歩みは、祝福どころか上幸の連続でした。 彼は、ラバンに騙され好きな女性ただ一人と結婚するわけではなしに、その姉とも結婚させられてしまいます。 そして彼の家庭は、散々なものになってしまいます。妻たちは女の幸せをかけて、壮絶な争いを始めたからです。 内省的で繊細な部分のあるヤコブ、何ともやるせない毎日であったことでしょう。 そして仕事場も、彼の心を抑圧しています。彼は幾度も報酬を変えられ、彼のミスをカバーする上司もなく、すべての責任を負わされるのです。 ラバンは、言ってみれば己の出世のためであれば、部下の苦しみ、立場など一切考えない上司です。 実際にヤコブは、着たきり雀で、カランを訪れた時のまんま、自分の家すら持たずに20年過ごしてきたのです。 なんとひどい。神は祝福すると約束されたのに、神の祝福って何でしょ、そう思わされます。 いや神の祝福を単純に考えすぎてはならないということでしょう。すでに私たちはアブラハムの物語にそのことを学びました。 さてそんな具合でしたから、ヤコブは、このままラバンのもとにいたら自分も自分の家族もだめになる、そう思ったのかもしれません。 ラバンの跡取り息子も成長し、彼の冷たさがいよいよ露骨になってきた時に、彼の心は固まっていきます。 しかし、まだ迷うところもありました。殺意を抱くほどに自分を激しく憎んだ兄のエサウの元へ帰って、うまくやれるだろうか。 あれやこれや思案する中、彼は20年前の神の約束のことばをも考えたでありましょう。 多くの苦労と悲しみのゆえに記憶の隅に押しやられ、色あせた神の約束のことばを。 しかし他に彼を支えることばもなかったのでしょう、彼はこの神のことばに頼りつつ帰郷を決意したようです。 ところが帰路の途上、ヤコブはエサウが400人の共の者を連れて自分を迎えに来ることを知ります。 祝福を受け?なったはずのエサウが一つの勢力をなし、自分を迎えにくるとはなんということか。 自分たちは彼の剣で一網打尽にされてしまう!ヤコブは、神に助けを祈りながら、エサウに贈り物を選び始め、贈り物で機嫌を取ろうと、器用に立ち回り始めました。 彼の薄っぺらな信仰が暴露されます。神に信頼し、神に導かれて生きる様を見せながら中身は全然そうではなかったわけです。 ヤコブはそんな自分の姿に気付いたのでしょう。彼は一人になり、神と格闘を始めます。 祈りの格闘、彼が真に神を知り、信頼する者となるための格闘、神の聖徒とならんための格闘です。そして彼はその格闘に勝った。 つまり己の肉に超克したのです。群れの先頭に立ちエサウに会いに出かけるヤコブ。彼は祈りによって変えられたのです。 食わせ者のクリスチャンであってはなりません。ことばと行いの上一致はおろか、ことばと心の上一致も、主の恵によっていやされなくてはならないのです。 霊的なきよさを求めて、神の力を受けるまでに祈りぬくクリスチャンでありたい。そしてその裏表のない真の十字架の愛で人を愛する者でありたい、祈りましょう。

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    2002年07月


    2002年7月7日 「みこころを示される神」 (創世記37章)

    人の歩みは主によって定められる。(人間はどうして自分の道を理解できようか。 (箴言20:24)

    ヨセフは、ヤコブの最愛の子です。「長?」を着せられていたとあるとおり、ヨセフは、兄たちを差し置いて長子の権利を認められ、 特別にかわいがられていました。またヨセフは嫌味な性格をしています。いちいち兄たちの素行を父親に告げ口する。兄弟の中で自分が一番偉い、 とでも言わんばかりの夢を見、それを平気で口にする無神経さ。こんな調子でしたから、ヨセフは兄たちに嫌われ、憎まれていました。 その憎しみはたいそう激しいもので、ある日、ヨセフは奴隷商人に売り飛ばされてしまうのです。17歳の子どもが、兄弟に憎まれて殺されかけ、 奴隷として異国に売り飛ばされてしまうなど、なんとも心に深い傷を負う出来事であったことでしょう。 家族の中でもっとも大事にされた「箱入り息子」が、見知らぬ土地で奴隷にされていくのです。さらに、災難は続きます。 せっかく善良な主人に拾われ、自分の居場所を見つけたヨセフでしたが、今度は主人に誤解され牢獄に入れられてしまいます。 牢獄の中で、この10代の若者は何を考えたでありましょう。自由になりたい、お父さんに会いたい、故郷に帰りたい、しかしその願いももう絶望的だ、 そう思ったかもしれません。いつも言うことですが、「神の祝福を単純に考えてはならない」のです。ここにその実例があります。 ヨセフは、兄弟に憎まれていただけでも辛かったことでしょうが、実際に敵意を顕わにされて奴隷として売り飛ばされるのです。 神を信じる者になんということが起こっているのでしょう。そしてさらに、リングで倒れたボクサーを、リングの下に蹴落とすかのように、 牢獄に叩き込まれている。これでもかこれでもかと、転落につぐ転落を味わっています。こうして約13年の牢獄生活が続きますが、ヨセフは神への信仰を失いません。 神を信じるというのは複雑な営みです。信じれば成功する、祝福される、そんなものではありません。信じても失敗はするし、上幸にもなるのです。 そして人間の目に失敗や上幸であることは、神の目にもそうでありましょう。しかし、神は、失敗や上幸に成功と幸せを接ぐことのできるお方です。 失敗ばかり上幸ばかりでは終わらせない。また成功ばかり幸せばかりということでもない。たとえて言えば目先の失敗と上幸は横糸であり、 目先の成功と幸いは縦糸です。それによって、神は、私たちの思いを越えた深い喜びと満たしをもたらす壮大な織物を織り成してくださるのです。 今は目に見えぬ神の予定されたまことの幸いに思いをめぐらすことが大切です。

    2002年7月14日 「よきに計られる神」 (創世記39章)

    神を愛する人々、すなわち神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。 (ローマ8:28)

    ヨセフの人生は、転落につぐ転落を繰り返し、どん底に落ちていきます。ところがそのどん底から、ヨセフは、エジプトの大臣へと大抜擢されていくのです。 神あっての大抜擢というべきでしょう。時にヨセフ30歳のことでした。ちなみに、これはただの大抜擢ではありません。 やはり神は時代が必要とする人物を抜擢されたのです。ヨセフは、大臣になると、「パロの前を去ってエジプト全土を巡り歩いた」とあります。 大臣の椅子にふんぞり返る人物ではなかったのです。おそらくヨセフは7年間の飢饉に備え、自らの足で、くまなくエジプトの穀物収穫高、消費量など、 具体的な状況を調べ歩いたのでしょう。神の任命にふさわしい働きをする、そういうヨセフであればこその大抜擢だったともいえます。 さて、ヨセフは30代にして、妻と子供を得、さらに仕事においては絶好調、なんとも誰もがうらやむ限りの人生を手にしました。 ところが、よくよく聖書を読むと、ヨセフは、何から何までを手に入れながら、決して幸せではなかったのだ、と考えさせられます。 確かに、人間はどんな地位に上りつめようと、どんな肩書きを得ようと、どんなに莫大な財産を手にしようと、幸せではないことがあるものです。 ヨセフの場合は、17歳の時に、兄弟に殺されそうになり、奴隷商人に売られてしまった心の傷がずっと引きずられていたわけです。 そんな彼の心の傷を神はどのように取り扱われたか。神はカウンセラーを用意したわけではありません。 適切な聖書の一説を示して、心に活を与えたわけでもありません。ある意味で時間の過ぎるままにされた。しかしただ放っておかれたわけではない。 ヨセフの心が整理されていく、完結されていく場をちゃんと備えられました。つまりヨセフは、自分を殺そうとし、奴隷商人に売りつけた、 残酷な兄たち、シメオンとユダの変えられた人格に触れる機会を得るのです。 人間の心の傷は、そんなに簡単に癒されるものではありません。引きずってきたものがあるからです。 しかし、ヨセフは、人間的に苦労し、人間味のある姿に成長し、変えられた兄たちの姿に触れ、自らの心に張り詰めた一切の思いを崩されていきます。 そして素直に、自分がかつて奴隷として売られた弟のヨセフである、と兄弟たちに告白するのです。 こうしてヨセフは、39歳にしてようやく本当の幸せを手に入れるのです。それまでは見せかけの幸せ。物は揃って、魂の安らぐことのない幸せでした。 しかしこれ以降、ヨセフは、心穏やかに、満ちたりた心の歩みをしていきます。魂が豊かにされること、そこにこそ本当の幸せがあるのです。 40歳にして父アブラハムの信仰にあやかって祝福を受けたイサク、40歳にして遅すぎる自立を強いられ、 60近くになって神を本当に信頼することを学んだヤコブ、そして39歳にして未完の人生課題に完結を見、穏やかで幸せな人生をつかんだヨセフ、 三人のそれぞれの歩みを見ながら、神とともに生きる人生の様々であることを思わされます。しかし、様々な人生に神もまた様々に寄り添っているのです。 人生はこうでなくてはならないということはありません。今あるそれぞれの事柄に忠実に生きる、そして希望を絶やさずに、ということが大切なのです。

    2002年7月21日 「イエスの勝利」 (マタイ4:1-11)

    イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。』と書いてある。」 (マタイ4:4)

    イエスの荒野の誘惑を順に見てみます。最初の試みですが、ここは、よく誤解されます。 一般社会でも、よく引用されて人間は単なる動物じゃなくて精神的な生き物なのだから心の糧が必要だ、そんな受け止め方がされます。 が、これは正しくはありません。また、この箇所は、イエスが石をパンに変える、つまり神の力の濫用を誘惑されたのだ、と教えられることもありますが、 それも少々的外れです。サタンの言い方はこうです。「イエスさま、長く断食ご苦労さまです。お腹がすいたでしょ。お食事にしてはどうですか。 石をパンに変えるなどおやすいご用でしょ」これに対して、イエスの言い方というのは、「食事にするかどうかは、神の御心次第。 私は一挙手一投足神のみことばに生きたい」ということです。日々、刻々を神のことばに導かれて歩む、神のことばを大事にして歩みたいということです。 神が食事にしなさいと命じればそうするし、次の働きに、すぐ出て行きなさいと言えば、食事は後回し、というわけです。 そこで第2の試み。サタンのねらいはこうです。「そんなに神のことばが大事なのか、そんなに価値あるものなのか見せて欲しいものだ。 神のことばにとことん賭けて生きていったらどうなるのか。たとえば、ここで身投げしても、神はあなたの命を守るはずだが。」 これに対してイエスは、「神のことばに賭けて生きるというのは、無謀な冒険でも、自殺行為でもない、神を試みてはならない」と言います。 一挙手一投足を神のみことばのままに、と言っても常識まで放り出すわけではありません。ただ「無謀な冒険」と「信仰的な企て」は紙一重の時もあります。 私は思うのですが、どんなことでも、神のことばを信じて生きる行為というのは、神は喜んでくださることでしょう。 しかしそれが無謀な冒険になるかどうかは、しっかりと現実認識をし、それ相当の努力と覚悟を持って、自らも臨んでいくかどうかにあると思っています。 最後に、「信仰的な企て」をしていきますと、色々と苦しいものです。つい近道をしたくなる、ズルをしたくなる、上正な手段に訴えたくなる、 つまりサタンと手を組んでしまいたくなるものでしょう。その結果は毎日、新聞の社会面にあるとおりの事柄が起こっている。 得をした、うまく行ったと思っても、サタンと手を組んだ結果は破滅でしかありません。 神のみことばを大事にし、神のみことばに導かれながら、また神が与えてくださった賜物を最大限に活かす中で、神のお造りになった世界に生きる、 これが大切なことです。

    2002年7月28日 「信仰を持つということ」 (ルカ5:1-11)

    イエスは、そこを去って道を通りながら、収税所にすわっているマタイという人をご覧になって、 「わたしについて来なさい。」と言われた。すると彼は立ち上がって、イエスに従った。 (マタイ9:9)

    イエスの一番弟子はヨハネであっただろうと思われます。ヨハネはいわゆる水産会社を営む社長の息子です。 自営で漁業を営むペテロとはまったく育ちが違う。そんなわけで、彼の場合は、時間的余裕があったのでしょう。 バプテスマのヨハネに弟子入りしています。ところがバプテスマのヨハネに「弟子になるんだったら、あの人だ」、 と指を指されたイエスについていくことになるわけです。 ただ興味深いことに、ヨハネはどうやらイエスと親戚関係にあったということです。 ヨハネの母サロメは、イエスの母マリヤと姉妹同士であったというのですから、イエス、バプテスマのヨハネ、 ヨハネは、血のつながりがあったということになります。ともあれヨハネはイエスの一番弟子となる。 で、次にアンデレが、ヨハネと共に、バプテスマのヨハネのもとを去り、イエスの弟子になっています。 アンデレは自分の兄弟のペテロをイエスの弟子に引き連れ、また、ペテロと共におそらく友人であったと思われるピリポ、 顔見知りであったナタナエルをイエスに引き合わせています。 こうして見てみますと、イエスの弟子たちは、たぶんに個人的なつながりを通して、口コミで集められていったようです。 ただそういう中でマタイが弟子に加えられた事情は、いささか異色のものがあります。マタイは、イエスに直接声をかけ招かれているわけです。 おそらくこの時マタイは、自らの人生に転機を意識していたのかもしれません。そんな自分の心を見透かすかのように、 じっとごらんになっているイエスのまなざしに、マタイは踏ん切りがついたのでしょう。 マタイは、イエスの招きに、イエスと共に人生を歩み、イエスのしもべとなることを決意します。 皆イエスに結びついている点が重要です。伝道というのは、ある意味でイエスの弟子作りです。 会員が増えるというのは、表向きのことであり、内実はイエスの弟子作りをしているのです。 そういう意味で、私には自分の弟子を作るという考えなどありません。私を慕って人が教会に来るなど、私の望むところではありません。 むしろ、一人一人が、人間的なつながりを脱皮して、イエスご自身に結びついていただく、そのお手伝いをするということが、牧師の勤めであろうかと考えています。 イエスに結びつく、それがイエスの弟子としての第一歩でありましょう。

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    2002年08月


    2002年8月4日 「信仰を持って神を仰ぐ」(ルカ7:1-10)

    信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることを、 信じなければならないのです。(ヘブル11:6)

    平たく言えば、ローマの百人隊長は「よくできた人」です。ルカは、百人隊長がユダヤ人を愛し、ユダヤ人の宗教に理解を示していたことを伝えます (ルカ7:1-10)。普通、ローマ人は、ユダヤ人を汚らわしき民族とみなし、彼らの宗教を蔑視していました。 しかし彼の場合はそうではなかったわけです。また、百人隊長は、奴隷を大切にする人物でもありました。 当時、奴隷は生ける道具であり、病気の奴隷は、故障した道具と同様、捨て去るべきものとみなされていました。しかし、彼の場合はそうではなかったわけです。 彼は人間として「よくできた人」だったということです。しかし、イエスが彼を賞賛したのは、彼の人柄ではなく、彼の信仰にあったことに注目しなくてはなりません。 彼は信仰をどう理解したか。彼は軍隊における自身の経験に照らし、部下が上司の命令に絶対的な?従をするように、 人間もまた神のことばに?従するものであると考えたのです。しかも、彼が強調した点は、意識レベルの?従というよりも、無意識レベルでの?従です。 神が、「病よ治れ」と命令されれば、人間の体も?従すると考えた点です。多少強引な気もしますが、実際に旧約を読めば、 神のことばの権威の絶大さというものを思わされます。神が「光よあれ」と語れば光ができる。 神が「日よ動くな」と命じれば太陽は動かず、時もその針を刻まない。ならばまして人間の体に起こることもそうでありましょう。 つまり、あれもこれも主のなさること、人間が病になることも、人間が死ぬことも、人間が何かに成功することも、皆神のおこころ一つで、 つまり、人間の努力とは別のところで、動いているということです。 ローマの百人隊長はこのような神理解をしていた人なのかもしれません。彼が謙遜であったのにも理由があります。 目に見えぬ神と見えざる神の働きを覚えるということは、人間の謙遜の第一歩であるといえるのかもしれません。 ともあれ、人間の生と生活、そして社会のありとあらゆることが、神のお心一つ、おことば一つで動いていくとしたら、 神のことばへの信頼がいかに重要であるかということにもなります。 ところで、この物語は、いわゆる奇蹟物語です。神がおことばを賜るとそのとおりの出来事が即座に起こる、そういうお話です。 私たちは、こういうお話が大好きですし、神に何でも即席の報酬を求めがちです。しかし、信仰はそんなに単純なものではありません。 私自身の経験からしましても、20数年たって振り返ってみると、なるほど神のおことばには権威がある、と思わされることがあるものです。 私たちに必要なのは、結果よりも、まずは、神のことばに信頼することです。結果はいつでもよい、必ず適切な時に最大の益をもたらすと考えることが大切です。

    2002年8月11日 「主の派遣」(マタイ9:35-10:23)

    「収穫は多いが、働き手が少ない。だから収穫の主に、収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。」(マタイ9:37,38)

    イエスをどのような人々が取り巻いていたであろうか、と色々と考えさせられます。おそらく、 病を患いなんとか癒されたいと思っていた人々がたくさんいたことでしょう。百人隊長の僕が癒された、中風の男が癒された、 そういう噂に、イエスの元に群がり集まった人々は多かったはずです。しかし、そういう人ばかりというわけでもなかったように思います。 一見普通の人で、何も問題を持っていないかのように見えながら、その内側では生き方や考え方が混乱してしまっている、そういう人々もいたことでしょう。 牧師やカウンセラーとして10数年の働き、まだまだ少ない働きですが、それでもその立場上様々な方々との出会いがありました。 自分でも抱えきれぬ孤独の重荷を背負っている人、いまさらどうすることもできない育ちの悩みを抱えている人、様々でした。 イエスを取り巻いた人々のその様々なことを、私は想像するのです。そしてイエスは、その一人一人をごらんになり、 なんと「羊飼いのない羊のように弱り果てて」あるいは「苦しめられて」倒れていると感じられた。ただ感じられたのではなく、 断腸の思いを持ってご覧になったということなのです。イエスは、その一人一人に、神のことばによる救いと祈りの支えが必要である。 そう感じられたのでありましょう。そこでその必要性の大きさに、イエスは「働き手が少ない」と弟子たちに語られたのです。 つまり自分と同じ感情を持って人を受け止め、神の恵みのことばを伝え、神のいやしと解決へと導き、祈りによって支えるそのような働き手が必要だということです。 そこで私たちは考えたいわけです。実は、私たち一人一人がその働き手であるということをです。私たちは神を信じた、救われた、恵まれたと思っている。 しかし、それで安住していてはならないわけです。やはり救われた者は人を救いに導く者とならせていただかなくてはなりません。 恵まれたと思ったならば、その恵みを分かち合う者とならなくてはなりません。それが成熟したクリスチャンの姿、神の友と呼ばれるにふさわしい者の姿です。 この教会ではこのたび一人の兄弟が郷里へと帰られます。しかし、それは信仰的に考えれば、この地での神の勤めを終えて、 新しい地に神が導かれているということにほかならないのです。神は働き手としてその兄弟を、さらに新しい使命へと召しだしてくださっているのです。 同様に、私たちも今、この地における働き手としての使命へと召しだされているのです。 と同時に、やはり、私たちはこの地での必要性の大きさに目を開き「収穫の主に収穫のために働き手を送ってください」と祈らなくてはなりません。

    2002年8月18日 「神の愛」(ルカ15章)

    こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は、彼を見つけ、かわいそうに思い、 走りよって彼を抱き、口づけした。(ルカ15:20)

    ルカ15章には三つのたとえ話が出てきます。第一にいなくなった羊のたとえ。羊を見つけた羊飼いの喜びが神の喜びに等しいことを語り、 これは次の銀貨をなくした女性のたとえと要点を同じくしています。失われた罪人が神のもとに立ち返るならば、 神の心はいかに激しく喜びに躍るかということで、なんと目には見えませんが人格的に私たちにかかわる存在を覚えさせるのです。 さて続く、放蕩息子のたとえと親しまれたものについてですが、私たちがここで注目させられるのは、父親にたとえられている神です。 感情を持ち、じっと私たちを見守り、親しくされようとする神の存在です。 この放蕩息子自体については、しばしばクリスチャンは神に背を向けた者、イコール未信者と考えることがあまりにも多い。 しかし、文脈からは神に背を向け続けているユダヤ人であることは明らかです。つまり、未信者というよりも、 神に背を向け続けているクリスチャンと考えてもよいところなのです。 今日、信仰を持った者の2/3のクリスチャンが教会を離れている、と言われます。その理由は、仕事が忙しい、牧師と馬が合わない、 他の信徒に躓いた、などなど様々でしょう。しかし理由がどうであれ、キリストの体である教会から離れているということは、 神から離れていることに他なりません。私自身も教会を離れた経験があるから、わかりますが、離れた時は、それ相当の理由があるものです。 しかし、悔い改め、教会に戻り、10年、20年経って改めて振り返ってみると、いかに自分が神から離れていたか、 ちゃんとした理由など理由になっていない、ということがよくわかります。神は、そのようなクリスチャンに対して、 裁きと非難のまなざしを向けているわけではありません。むしろ、今か今かと帰りを待ちわびるこの父親のように、 首を長くして一人一人の帰りを待っておられるのです。都会で放蕩三昧をしたこの息子、自分のおろかさの後始末を、 自分なりにきちんとつけようとしたようでした。彼は、父に向かって、もう息子と呼ばれる資格はない、雇い人にしてくれ、そう言おうとしたのです。 しかし、父親は彼を一目見るなり、すべてを悟ったのでしょう。年寄りの勘というべきでしょうか、 右も左もわからぬ田舎者の息子が都会でどんな人生を歩まされたか、一瞬にして悟ったようでした。 神も同じです。私たちのあれやこれやの痛みを一つ残らず、悟ってくださるお方なのです。何も言わなくてもよい、お前がどんな苦労したのかは、 よくわかっている、だから、もう一度父のもとで、やり直しなさい、お前は私の子に変わりないんだからと言ってくださっているわけです。 教会は、このような悔い改めに導かれるクリスチャンがいつでも戻ってくることができる、そんな場でありたいものです。

    2002年8月25日 「神の国へのふさわしさ」(ルカ18:9-17)

    子供たちをわたしのところに来させなさい。止めてはいけません。神の国は、このような者たちのものです。(ルカ18:16)

    パリサイ人と取税人の祈りが出てきます。二人の祈りが比較され、取税人の祈りが受け入れられた、と語っています。 なぜか、少々背景がわからなくては、このパリサイ人の祈りのいやらしさはわかりません。このパリサイ人、週に二度断食していることを誇っているわけです。 ユダヤ人の断食は、贖罪日になされるのが普通でした。しかし、より功徳を求める人々は、週に二度月曜と木曜に断食をしました。 わざわざ市場が開かれる時に断食したというわけです。また十分の一のささげものについても、定めがありましたが、 このパリサイ人は、すべてにそうしたと告白しています。つまり、彼の宗教的行為は、ことごとく、ある意味で見せかけ、自分が認められ、 賞賛されるための自己愛的なものであったということです。一方、取税人の祈りは、心から自分の罪を悔いるものでした。 人間は激しい悲しみの時にはことばを失うものです。何か悪いことをした時には、「悪かった」と短いことば以上のことが何もいえなくなるものです。 感情の発露というべきでしょうか、心からの悔い改めがほとばしり出るような祈り、神はこのような祈りにこそ目を留められたというわけです。 そういう話の流れの中で、「子どものような者である」ことの大切さが語られていきます。子どものようであるというのは、 愚かである、わきまえがない、ということとは違います。むしろ、大人とは違う感覚、価値観があるということです。 建前や本音をうまく使い分けるというのではなくて、裏表のないあり方、あるいは、親になんだかんだ言いながらそっぽを向くのではなくて、 最終的には従っていくような従順さ、そういう子どものよい特徴のことを言います。 考えてみれば、そういう子どもに見られる、従順さ、信頼感、素直さというものが、やはり信仰には求められるところがあるのではないでしょうか。 神がおられる、またその神が私たちを愛しておられる、ということは、大人の合理的な感覚ではなかなか受け止められないものです。 考え出したり、疑いだしたりしたらきりがありません。子どものような素直さを持って信頼していく、受け止めていく力がなくては、できないことでしょう。 そういう意味で、信仰というのは、この世のかけひきの流れの中にあったら、決して得ることのできないものです。 ?得勘定で物事を考える人、裏表で物事を考える人、そういう人にはなかなか信仰の真髄を理解することはできません。

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    2002年09月


    2002年9月1日 「神は私たちを生かされる」(出エジプト1:1-2:10)

    私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたものです。 神は、私たちが良い行いに歩むように、そのよい行いをもあらかじめ備えてくださったのです。(エペソ2:10)

    モーセの出エジプトの時代は、いつごろの出来事であったのでしょう。古代エジプトと言えば、巨大ピラミッドやスフィンクス像のイメージを思い浮かべます。 しかしあの時代ではありません。あれからさらに1500年ほど新しい時代、おおよそBC1200年から1450年ごろのお話なのだ、と思ったらよいでしょう。 さてその時代、イスラエルの人々はエジプト人の奴隷にされ苦役に強いられていた。 かつてイスラエル人は、ヨセフの活躍により大変な歓迎を受けてエジプトに迎えられたのですが、それから400年ほどたって、 ヨセフの功績を知らない王が現れると、厄介者扱いにされてしまったわけです。 時代の流れの中で立場が変転とする、こういうことは、私たちの短い人生の中にもあります。 上役が変わることで、会社内での自分の立場が変わってしまう、厚遇が冷遇になるということは、よくあることでしょう。 こういう時にこそ人生は自分の手を離れたものなのだ、と思わされるものです。 さてエジプトの王は、増え続けるイスラエル人を弱体化しようと、あらゆる策を講じ、ついには、生まれた男の子をナイル川に投げ捨て、殺すように命じます。 多くのイスラエル人が涙と共に赤子をナイル川に投げ捨てる、そんな悲惨な光景があちこちで見られたことでしょう。 ナイル川の下流に流れ着く赤子の死体を見て、これはイスラエル人の赤子だ、そうささやかれることもあったでしょう。 そういう中で、モーセという人物は生まれているわけです。母は、子のかわいさゆえに、何とか殺さずに男の子である事実を隠し通そうとしたようでした。 しかし、いつまでも隠し通せるわけでもありません。そこで母はモーセを防水加工したかごの中に入れて、川に放します。 誰かが同情して、モーセを助けてくれることに期待したわけです。 多くの母親たちは、もう隠し通せない、ダメだと涙ながらに子どもたちをナイルに投げ捨てたわけですが、 モーセの母は同じようにダメだと思いつつ、最後まで粘る、ダメにならないようにするためにできることは何か、となき知恵を絞ったわけです。 神様の摂理と祝福を信じる信仰者であれば当然のことですが、意外とこういう思考にはならないものです。 天地創造の神、万物の支配者である神を信じているクリスチャンが、なぜか、信仰のない人たちよりも、後ろ向き思考、否定的思考であったりすることがあります。 クリスチャンの強みというものがあるのですから、神が祝福してくださる、備えてくださる、と会社でも、家庭でも、教会でも、 暗い鬱積した空気の流れを変える者でありたい。そうやって神がおられることを真実に証していく者でありたいものです。

    2002年9月8日 「主に導かれて生きる」(出エジプト1:1-2:10)

     「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせて、事を行わせてくださるのです(ピリピ2:13)」

     モーセは、エジプト人のあらゆる学問を教えられ、ことばにもわざにも力があったと言います。当時の社会に役立つ立派な人物に成長したということでしょう。  こういうことから、私などは、やはり、クリスチャンたるもの、子供をしっかりと育てたいと思わされるのです。私たちクリスチャンは、十字架愛という価値を非常に大切にする。それは、何か悲壮的な自己犠牲というよりは、むしろ人が生かされるために自分を用いるという、積極的ですばらしい価値です。ソニーの出井会長は、「リスクティキングをして新しい仕事をする」人物が今の時代には必要なのだ、と言いましたが、それは「十字架愛を持って創造的な働きをする」人材に他なりません。クリスチャンはもっと自分たちの生き方に自信をもって欲しい。そして十字架愛を持った、ことばにもわざにも力のある子どもをしっかり育てたい。  さて、モーセは40になり同胞を省みる心を起こしたとあります。私たちは、人間ですから、人の必要がまったく見えない人などいないはずです。しかし、見えてもそこでよし助けてやろう、自分の時間やお金を削って何とかしてあげようと、心を起こす人は本当に少ない。モーセは物心がついた時から40になるまで、奴隷の苦渋にあった同胞のイスラエル人を横目で見ていたわけです。そして、悲しいと涙するときもあったでしょう。何とかならないのかと悲憤を感じることもあったでしょう。しかし、よし彼らと運命を共にしようと腹をくくるまでにはならなかった。40にしてようやく腹をくくる気になった。モーセの決意のなんとテいこと!しかし、傍観者であり続ける者は、この決意に恥じ入らなくてなりません。  しかしながら、モーセが腹をくくった結果はあまりよいものではならなかった。よかれと思ったことがただの自己満足に終わることはよくあることです。ことばやわざに力があっても、人間的な未成熟さの故に人助けにならないことはあるわけです。モーセに本当の人助けができるのは、それから40年後のこと。モーセはその間、人の上に立つ指導者として、神に訓練されたわけです。どうやって。どこか外国の大学院に留学し、さらにキャリアアップをはかったのか、というとそうではありません。一介の家庭人として、また普通の職業人として過ごす、それ自体が訓練であったわけです。そこで思います。家庭に入ること、職場で地道に活躍することを甘く考えてはいけません。紙と鉛筆では学ばれない貴重な事柄が家庭生活、職業生活にはあるのです。私たちは、年齢に応じた経験というものをきちんとしていくべきです。そういうことが人間を円熟させ、力あるわざと行動を存分に活かすということにもなるのです。そのように円熟し、人間的にも砕かれた人を神様はお用いになる。私たちにはとてつもない働きを与えられることがある。そういう時には受けて立つことです。志を立てることです。たとえ能力に自信がないとしても。なぜなら、能力を与えられるのも神だからです。神が責任を持たれるのです。

    2002年9月15日 「神がおられる(出エジプト5:1-6:1)」

    神はモーセに告げて仰せられた「私は主である(出エジプト6:2)」

    現実的なことを言えば、会社で、信仰の話を持ち出すのは非常に難しい。日曜出勤や祈祷会の時間に残業を求める上司の前で、「私は主の御心に従って礼拝や祈祷会に出たいので、お断りします」とはなかなか言えないものです。最近は人権意識も高まり、性差別、宗教差別ということに対する理解も深まってきていますので、そういうことに意識が高く、日曜礼拝や水曜祈祷会に対する配慮をしてくれる上司もいることでしょう。しかし、大方の職場はそうではない。しかもこれだけ経済的に難しい状況では、個人の宗教的事情を考慮してくれるなどまず難しいことです。 しかしながら、私たちは、職場の人間であると同時に、神の国の人間である、クリスチャンであるという意識を忘れてはならないわけです。私たちは目に見える世界だけで生きているわけではない。宗教改革者のマルチン・ルターは「二王国論」という考え方を述べていますが、私たちはこの世の王国のみならず、目に見えない神の王国の人間でもあるわけです。 ですから、この世の要求と神の国の倫理との間で板ばさみになるということは、必ず経験していくことである。上司や周りの人に理解されない、宗教的なことを持ち出したことで非常に難しい立場にたたせられるという痛みなり、苦しみは避けられないことです。 そこでモーセはどうしたのか、モーセは祈ったわけです。率直に。宗教を持ち出してますます私たちは苦しめられる結果になったと。そこで神はどうされたか。神は十の災いをエジプトに送り込み、神がおられることを皆が知るようになさったのです。ここにメッセージがあるわけです。十の災いには背景があります。それらはことごとく、エジプトの神々の敗北を意味しています。つまり、エジプト人が神々として拝んでいるものは神でもなんでもない、いやむしろ、この世には目に見えぬ、本当に畏れるべき誠の神様がいる、その神様はその愛する者を助けてくださるし、導いてくださるのだ、というわけです。 皆さんには、目に見えない神様を信じる生き方を誇りにしていただきたい。またクリスチャンであるということで色々と難しい立場におかれることがあるとしても、そこでおろおろしたり、自分を押し殺したりしないで欲しい。むしろ頭をまっすぐ上げて、胸を張り、毅然としていただきたい。なぜなら、かつて神がモーセの祈りに答えて、エジプト人に十の災いを送られて、神が確かにおられること、目に見えないもう一つの世界があることを示されたように、私たちにも、そうしてくださるからです。神様は私たちの信仰が周りの人に理解されていくように、働いてくださるのです。考えて見ますと、人に私たちの信仰が理解されていく、それが伝道でもありましょう。ですから、人を恐れることなく神様を喜び、神様を信じる生き方を愛していただきたいわけです。

    2002年9月22日 「神がなしてくださる(出エジプト13:21-14:31)」

    「恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなた方のために行われる主の救いを見なさい(出エジプト14:13)」

    イスラエルの民は、いよいよエジプトの奴隷生活に終止符を打つことになります。指導者のモーセに導かれ、彼らはカナンの地へと脱出するのです。 エジプトからカナンに向かう道は、三つありました。第一に海沿いの海の道。エジプト人はホルスの道と吊づけましたが、聖書はこれを「ぺリシテ人の国の道」と読んでいます。エジプトの軍隊が駐留する軍用道路でした。第二に、その内陸を通っていく、シュルの道。エジプト人の女奴隷ハガルがアブラハムの家から逃れ帰った道がこの道であると考えられています。そして第三に、シナイ半島を横切る、今日巡礼者の道と呼ばれる道です。 イスラエルの民が脱出したのは、これらのいずれの道でもありません。これまで誰も通ったことのない、神が備えられた道でした。聖書は、神に導かれて進み、この備えられた道を通って脱出した、と記すわけですが、それは結果的な書き方をしているだけのことでしょう。 実際彼らは、海の道の入り口からシュルの道へ、そして巡礼者の道の入り口へと出ている。そこからまた引き返し、シュルの道へ、海の道へと右往左往しているわけです。つまり、人間的な見方をすれば、彼らはどの道を通って脱出しようかと、迷いに迷ったということがあったのでしょう。そして迷っているうちに、エジプトの軍隊が追いついてきて、「もはやこれまで」と絶望と恐怖に満ちた叫び声を上げた。すると主が、備えられたご自身の道を開かれた、ということではないでしょうか。 「試練とともに脱出の道も備えてくださいます(Tコリント10:13)」と言いますように、主は私たちの祈りを聴き、働いてくださいます。それは確かなことです。しかし、もしその恵みに与ろうとするならば、私たちは、信仰による前進というものを大切にしなくてはなりません。 彼らは、「もはやこれまで」と思った時に「恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなたがたのために行われる主の救いを見なさい。主があなたがたのために戦われる。」という恵みと励ましのことばをいただくのですが、彼らはこのことばになお切に助けを求めるだけだった、ようです。それはちょうど、私たちが主の助けを信じながらも、祈り続けるばかりで、何もせずに手をこまねいているのと同じです。主は「なぜあなたは私に向かって叫ぶのか。前進せよ」とおおせられるのです。前進する、突き進むということが、信仰の歩みには、なくてはなりません。主の救いに与りたいと思うならば、実際に教会の門をたたき、教会に足を踏み入れ聖書のことばに聴き入っていくことが大切であるように、祈りは行動となる必要があります。祈り、    求めると同時に、それにふさわしい行動を起こすのです。主は、私たちに祝福を惜しまれない方ですから、私たちは前進することで、その恵みを受け取っていこうではありませんか。

    2002年9月29日 「神は備えられる(出エジプト17:1-7)」

     「すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行いなさい。(ピリピ2:14)」

     エジプトを脱出したイスラエル人は、シナイ半島をスエズ湾に沿って南下し、シナイ山へと向かい、そこからアカバ湾に沿って北上、パレスチナの地へと入っていくのですが、この旅に40年かかっています。本来ならば2,3週で終えるはずの旅でしたが、そうならなかったのは、一重にイスラエル人の上信仰のためであった、と聖書は言います。 しかし、彼らがいかに上信仰であった、としても、荒野の生活の過酷さというものを、考えさせられます。今日のように便利なキャンピングカー、自家発電機、ミネラルウォーター、レトルト食品があった時代ではありません。物に囲まれた豊かな時代にありながら、私たちは忍耐力に乏しく、神を信頼することもできないでいる、そんなことがあるのではないでしょうか。 イスラエルの人たちは、ないない尽くしの中で、神様に信頼するということを、40年の長きに渡って繰り返し訓練されていくのです。それはちょうど子どもたちが、算数ドリルなり、漢字ドリルなりを繰り返し解いて、学びを深めていくのと同じようなものかもしれません。 神様のドリル1は、「袋小路に陥ったイスラエル人に、天地創造の主が必要な逃げ道を与えられることを知る」というものでした。そしてドリル2は、今日の箇所、つまり、「砂漠で渇く民に、天地創造の主が必要な水を与えられることを知る」というものなのです。このようにして、荒野の40年間を通して、彼らは繰り返し神様が与えられるドリルの問題に取り組む、そうして、「天地創造の主を信頼する信仰に基づいて物事を前向きに受け止め、前進する」というよき心の習慣を形作っていくわけです。 信仰といのは、紙と鉛筆で学ぶようなものではありません。むしろ信仰を学ぶ素材というのは、私たちの日常生活にごろごろしている。私たちが「参ったな」と思うようなことがあれば、それは神様の与えられた「信仰のドリル」なのだ、と思ってほしい。そうやって、繰り返し神様に信頼しつつ、問題を解決していくことで、私たちは、本当に先に進む者として、人を霊的に導く実力をもつけていくことができるのです。 ただ神様に何でもかんでも頼る習慣というのは、弱い心の習慣ではないか、と思う方もいるかもしれません。確かに、私には力がある、能力がある、自分の力を信じる、と突っ張っていくのも一つの生き方でしょうが、よくよく考えるならば、人間一人の力でできることなど高が知れています。色々な人とのつながり、積み重ねがあって、なんだかんだできているのが、本当でしょう。何かができたことに際して、感謝と謙虚さを持ち生きることの方が、はるかに人間らしいのではないでしょうか。



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    2002年10月


    2002年10月06日 「強くあれ、雄雄しくあれ(ヨシュア記1章)」

    「強くあれ。雄雄しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行くところどこにでも、あなたとともにあるからである。(ヨシュア1:9)」

     イスラエルの人々は、40年の荒野の生活に終止符を打ち、自分たちのもともとの故郷である、パレスチナの地へと向かいます。しかし、ヤコブの家族がパレスチナからエジプトへ移住してから、約450年の月日が過ぎていましたから、そこには別の民族が住み着いていたわけです。まだ外交交渉などの国際ルールも確立されていない時代のお話です、彼らは戦争を始めて、その土地を取り戻していくことになります。  40年というのは、長い月日であるわけですが、実に、こういうところに、神様の知恵あるご計画もあったのでしょう。40年前、彼らはどの道から脱出するかで散々迷った。一番広い海沿いの道を進むにしても、そこにはエジプトの軍隊が駐留していたため、彼らはそこを進むことができなかったわけです。戦争をおっぱじめる力がなかったのです。けれども、40年たって、彼らは勇敢に戦うことを学びました、その長き月日の間に、彼らは戦闘能力、組織力を養っていたというわけです。  私たちには、なかなか物事の思いが遂げられない、時間ばかりが過ぎるということがあるものです。しかし、それは時間が過ぎていくのではなく、神が時間を与えられているのだ、と考えるべきなのでしょう。主の偉大な働きを展開するためにどうしても必要な時間を与えていただいている、そのために今ある苦労を惜しまない、むしろ楽しむということが大切だと私は思うのです。  さて、そのようにして整えられたイスラエル人は、いよいよ、戦いの決意を固め、パレスチナの地へと向かいます。そんな彼らに神がおおせられたことは三つ。一つは、強くあれ雄雄しくあれということです。空元気ではない、信仰に基づいて毅然とせよということです。というのも彼らはこれから、ヘルモン山の雪解けの水と春の雨のために増水したヨルダン川を渡りなさい、と命じられるわけです。船も橋もないのに、どうやって!。天地創造の神に上可能はない、という信仰に基づいて物事を前向きに受け止め行動する、宿題が与えられているわけです。第二に、みことばを昼も夜も口ずさみ行え、ということです。自己流に聖書を解釈するのではなく、自分の気に入ったみことばを行うというのでもなく、神が仰せられたとおりに、神のことばに従っていくことが求められているのです。  最後に神は、イスラエルのある者たち、つまり、ヨルダン川を渡って、パレスチナの土地に入る前の宿営地を自分たちの土地とした者たちに命じられます。土地を得たことに安住せずに、これから苦労をする者たちと苦労を共にせよということです。彼らはなんと答えたか。「神がおおせられたことは何でもします、どこにでも行きます」これから戦いに出かけようとする者たちを、何よりも励ますことばであったことでしょう。そこで今週の宿題。「神のみことばに注意深く耳を傾け、神がおおせられたことは何でもします、どこにでも行きます」、と、どこかで腹をくくることを心がけてみましょう。

    2002年10月13日 「神と共に(ヨシュア記6章)」

    「主がヨシュアとともにおられた(ヨシュア記6:27)」

     イスラエルの人たちは、腹をくくって、エリコ攻略の戦いへと出て行きます。考古学的発掘によりエリコの歴史はかなり明らかになっています。それは、エルサレムの北東約27キロの地点の丘の上にありました。南北400メートル、幅200メートルの丘で、石造りの城壁に囲まれた要塞の町です。城壁の高さは約4メートル、幅は約2メートル。城壁の上に高さ約9メートルの見張り塔がありました。さらに内側には、岩を切り裂いて作った幅約8メートル、深さ約3メートルの堀。いったいどうやって、またどういう敵を想定してこんなものを築いたのか、いまだ考古学者を悩ませる謎です。  こういう完璧な守りで固められた要塞の町エリコをイスラエル人はどうやって攻略したのか。その方法は実に上可思議なものです。エリコの城壁の周りを6日間に渡って行進、最後の7日目は、祭司たちを先頭に7度行進、ラッパを吹き鳴らし、一斉にときの声をあげると、幅2メートルもある城壁がガラガラと崩れ、町は占領されてしまった、というのです。  これをどう受け止めるか。リベラルな考えを持った方は、この物語は作り話だと考えることでしょう。信仰的な教訓を教える作り話である、と。しかし、福音的な考え方を持った方は、この物語を歴史的事実、神の奇跡的な御業として捉え、その前提から信仰的なメッセージを汲み取ります。ちなみにカリスマ的な考え方を持った方にとって、この摩訶上思議な出来事は、まったく問題なく受け止められるはずです。ついでですが、最近のカリスマと目されるグループには、少なくとも二つの流れがあるように思います。神学的にクラシカルペンテコステという基準を保持しながら、本来の福音派に近づいてくるグループ、そしてさえないキリスト教会をもっと元気にしよう!という合言葉で、奇跡でも、異言でも何でも受け入れて、福音派の枠組みを飛び越えていくグループです。私は、自分自身を、そういうカリスマ的な流れとは区別しつつ、この物語を事実として受け止め、また、ここに神が意思されるならば、幅2メートルもある城壁でもその指一つで突き破られるというメッセージを受け止めていきたいのです。  皆さんもまた、人生のどこかで難攻上落の、幅2メートルの城壁を見上げながら、途方にくれる経験をなさるのではないでしょうか。家庭、職場、教会において。しかし、その途方にくれるような経験の中で、神がエリコの町になされたことを思い起こしてほしい。そして神が命じられていることを、忠実に行う、これを心がけてほしい。その神が命じられていること、というのは何か。これは聖書を読み進まなくてはわかりません。そういう意味で、聖書通読は、とても大切なことなのです。城壁が崩されるために神が命じておられることを実践する、これを今週の宿題といたしましょう。

    2002年10月20日 「あなたのその力で(士師記6章)」

    「あなたのその力で行き、イスラエルをミデヤン人の手から救え。わたしがあなたを遣わすのではないか。(士師記6:14)」

     ヨシュア記というのは、簡単に言えば、イスラエル人がパレスチナの地を征服していく、そしてその土地を自分たちのものとして分け合っていく、そういうお話です。続く士師記は、安住したイスラエル人の約200年後のお話です。つまり、ヨシュア記から4代、5代と世代交代が起こるにつれ、イスラエル人は神様の愛から離れていくようになるわけです。パレスチナの人々の文化や宗教を受け入れ、堕落し、民族的にも弱くなっていきます。そうこうするうちに、かつて追い出した民族が勢力を回復、イスラエル人に兆戦し、だんだんイスラエル人を支配するようになってきます。今日の箇所は、イスラエルの12部族マナセ部族に起こったお話。そういう中で、神はイスラエルを解放する指導者、いわゆる士師を起こされるわけで、東北学院大学の教授浅見定雄先生が「士師というのは、外的に対しては「士(さむらい)」のように戦い、平時には民衆の「師」として公平なさばきを行う人である、と実にうまく説明しています。  ともあれ、神様は、こういうイスラエルのマナセ部族の危機存亡の時に、士師を起こされるわけですが、なんとも神様の人選というものは 妙ちきりんなものです。神様は、パレスチナのマナセ部族に侵入してくるミデヤン人に抗して、ゲリラ戦を繰り返していたゲリラ隊長を抜擢されたわけではない。また、各部族をまとめていた部族長に命じられたわけでもない。神様が選んだのは、マナセ部族で最も小さく弱い分団に所属する若い青年でした。しかもこの青年、いつ敵が襲ってくるか、とビクつきながら、酒樽の中で、音を立てないように小麦を打っていた、大変な臆病者であったのです。しかし神はこの人物を勇士として立てられたのです。 天才は生まれつきではないとは言いますが、勇士もまた生まれつきではなく、主にあって造られるものであると言えましょうか。  注目すべきことに、神様は、この臆病者ギデオンに次のように語られるのです。「あなたのその力で行きなさい」と。そしてギデオンはといえば、ゲリラ戦を開始するのですが、人を恐れて自分がやったと誰にもばれないようにやっているわけです。まさに臆病丸出し、「自分のその力で行った」ところが大切です。こういうお話があるとホッとするのは、私ばかりではないでしょう。  士師に抜擢された、何か責任を任された、重大な使命を与えられたとなりますと、誰もが背伸びを強いられるような思いになるのではないでしょうか。人の目を気にし、こうあらねばならぬ、勇気を奮わねばならぬ、と自分を追い詰めかねません。しかし、神様は、「あなたのその力で行きなさい」とおっしゃられる。背伸びする必要はない、臆病丸出しでもよいではないかということです。場合によっては、馬鹿丸出しでもよい。神様が共に戦ってくださる、という心強い励ましを旨に、一生懸命責任を果たすことを心がけてまいりましょう。

    2002年10月27日「私を御心に留めてください(士師記16章)」

    「神、主よ。どうぞ、私を御心に留めてください。ああ、神よ。どうぞ、この一時でも、私を強めてください。(士師記16:28)」

     士師の二人目、サムソンに学びます。ギデオンと比較し、サムソンのストーリーは、実に不名誉な内容です。ギデオンは、臆病者でしたが、主にあって勇士とさせられました。一方、サムソンの物語は4章に渡り、その山は三つ。サムソンの生まれたいきさつが一つ。信仰を異にするペリシテの女性と結婚、トラブルに巻き込まれ、腹いせの復讐劇を果たすことが二つ目。三つ目は同様の女性問題で、自分の命を失う致命的なトラブルに巻き込まれます。  本来は、15:20節「こうしてサムソンはペリシテ人の時代に20年間、イスラエルをさばいた」というわずか1行で済まされた部分こそが、サムソンの表舞台、ギデオンの物語に並んで、なんら奇妙さを感じさせない、英雄伝の数々を含む内容であっただろう、と私は思うのですが、聖書記者は、そんなことは一切取り上げず、むしろ、ある意味で勇士サムソンの陰なる部分、汚点、失敗というものをことさら詳しく書いているわけです。  ですから、これは、ギデオンの物語りとは違った意図を持って書かれた、つまり私たちにある意味で信仰的な警告を与えるために書かれた、そういう受け止め方が必要なのでしょう。  で、どんな部分が肝心か。サムソンは、両親の反対を押し切って、信仰の違うペリシテの女性と結婚する、そしてトラブルに巻き込まれたここに学ぶように、と言っているようです。旧約から新約に通じて、聖書の結婚観というのは、「我と我が家は主に仕えん(ヨシュア24:15)」にあります。結婚というのは、ただ愛し合う二人がくっつくというものではなくて、社会的なものです。信仰的に言えば、共に神と人とに仕えていく、大切な基盤を持つことなのです。ですから、主なる神を中心に置かない結婚に賛成などはできない、それがサムソンの両親が考えたことでありましょう。ところがサムソンはそんなことには耳も貸さず、結婚する。あるいは、両親の言うこともわかるが、今の俺は結婚したいんだ、ということであったかもしれません。  少なくとも、プロテスタントのクリスチャンに修道生活は無縁です。この世の世俗社会の真っ只中で生きていく、信仰を同じくする者同士の中に自分を隔離することなく、積極的に価値観の異なる世に生きる者です。ですから、そういう中でどんな人を親友とするか、どんな人を最も親密な関係の伴侶として選んでいくかは大切なことです。「我と我が家は主に仕えん」こういう大切な精神を忘れないでおきたい。  そしてサムソンが、そういう精神を軽く見る、つまり、神様から離れていくことで思い知らされること。それは彼の怪力が彼自身のものではなく、神の守りと助けのものであったということです。詩篇記者は、「主が家を建てるのでなければ、建てる者の働きはむなしい。主が町を守るのでなければ、守る者の見張りはむなしい(127:1)」と言っています。実に、いかなる才能も能力も頭の切れのよさも、いっさいは主の守りと支えの中でのことです。主が離れるならば、人はその才能も人脈も業績も一瞬にして、無に帰してしまう事態に陥ることがあるものです。そのようにして、能力ある人物が人生を転落していくならば、その人にいかなる助けがあるものでしょうか。世間は転落した者には非常に厳しいものです。しかし、神は、そのようにして転落したサムソンが、心より悔い改め、主を呼び求めた時に、その耳を傾け、その手を伸ばされたのです。大切なのは悔い改め、絶えず主の側に立って歩むことではないでしょうか。



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    2002年11月


    2002年11月03日 「お話ください(ヨシュア記1章)」

    「お話ください。しもべは聞いております(Tサムエル記3:10)」


    サムエルはシロの神殿で、エリに育てられました。ところがこのエリという人物、祭司としては非常に優秀だったようですが、子どもが彼に似つかぬ「よこしまで神を知らない者である」という家庭の問題を持っていました。  今日家庭の教育力の低下が言われますが、クリスチャン家庭も同じことです。キリスト教信仰のよい部分がまったく継承されていない、これは誠に残念な事です。教会学校に通わせていれば、キリスト教の精神が身につくであろうと考える、これは学校に通わせていれば、人様に面倒をかけない人物に育っていく、と考えている親と同じです。やはり、人間としての「心の作法」というものは、親がしっかり教えなくてはならないのです。クリスチャンは、よい意味で世界に通じる心の作法を聖書から学んでいるわけですから、それこそ両親は、自信を持って家庭教育を充実されたい。 目に見えない正しく聖い天地創造の神を信じる信仰に裏打ちされた心の作法を、夫婦そろって矛盾なく教えるように心がけていくのです。そのためには、同じキリスト教信仰に一致して結婚している、言うまでもないことです。  次に、神の声に耳を傾ける、「主よお話ください、しもべは聞いております」という点についてですが、これを実践するために、二つのことを心がけたい。  第一に、聖書を丹念に通読することです。神の声を聞くと言っても、神秘主義的に何かの音声が聞こえてくるわけではなく、私どもは、神の声は聖書のことばとともにある、という信仰に立っているわけですから、何よりも聖書を丹念に読まなくてはならない。神の声を聴くというのは、聖書に教えられて生きていくということにほかなりません。  聖書はとっつきにくいというので、あの先生、この先生の話、あるいはあの本、この本と色々と読み漁り、聞き比べするのもよいのですが、それはその先生なり本の著者が神様から聞いたこと。他人が聞いたものです。信仰的に幼い時は、こういうことも必要なのですが、だんだん大人になってきたら、人が聞いたことにいくら耳を傾けても決して満足できません。自ら神様に聞いていくことが大切です。  第二のこと。神のことばを聴くためには、教えられやすい心を持つ、素直な心を持つと同時に、教えられやすい心身の状態を保つことです。これが意外とわかられていない。  体が疲れていては、また心が色々とかき乱されていては、入ることばもすっとは入らない。人間の心身はそういうものでしょう。疲労困憊の心身で礼拝に出席して、神の恵みを受けようといっても土台無理です。まずは十分体を休めること、十分気持ちの整理をすることです。日本人は礼拝に慰めと励ましを求めようとする傾向があります。しかし、礼拝はそういうものではありません。礼拝は神の価値を宣言すること神を賛美し、神の祝福を互いに宣言し、神の使命に立ち奉仕の心を固める時、ある意味で整えられた心身をもって初めて充実する時です。 教会の礼拝で満たされないから午後はほかの教会の集会で、といういわば「礼拝のはしご」は根本的に考え方がずれています。むしろ十分体を休息させる。週休二日制の祝福は、そういうところにあるのであって、よく整えられた心と体を持って、自らの教会にて、「主よお語りください」、と耳と心を開くことが大切なのです。

    2002年11月10日 「ここまで主は守ってくださった(Tサムエル記7章)」

    「そこでサムエルは一つの石を取り、それをミツパとシェンの間に置き、それにエベン・エゼルという名をつけ、「ここまで主が私たちを助けてくださった」と言った。(Tサムエル7:12)」


     イスラエル人は、執拗に侵入してくるペリシテ人に対して、何とか決定的な打撃を与えたいと思ったのでしょう。彼らは、エベン・エゼルという場所に陣を引き、ペリシテ人と戦争を始めます。ところが彼らは4000人の犠牲者を出して散々な負け方をしてしまいます。  考えた結果、なるほど、エジプトから私たちを守り導いてくださった、神の象徴である契約の箱がないではないか、ということになった。そこで、主の契約の箱をシロから運んできます。奮い立って、今度こそは、と早々と勝どきの声を上げながらペリシテ人に猛攻を加えました。ところが、はじめ以上に惨敗する結末、めためたにされてしまったのです。  何が問題であったのか。サムエルが、真心から主に立ち返り、主の側に立つべきことを勧めているように、実に、真に神に結びついているかいなかの問題でした。  イエスは新約聖書の中で「主よ、主よ」という者がみな天の御国に入るのではない、と言いました。クリスチャンといっても色々というのはこういうところなのです。礼拝に出る、奉仕をする、祈る、献金をする、こういうことがクリスチャンらしいことなのではありません。イザヤは、うやうやしくなされるイスラエルの民の礼拝、祈り、ささげものに、「もうたくさんだ」と嫌悪している神の叫びを語っています。礼拝をささげながら、奉仕をする、祈りをする、献金をする、しかし心は神から遠く離れている信者の有様に神が悲しんでいるというわけです。 大切なことは、何よりも真心から神に近づき、目に見えない神を覚えて、神の御前を歩ませていただくということです。  ある先生は、「自分の意志を捨てて神の御心を受け入れる、神と一つ心になる」と言いますが、こういう言い方に反発を感じられる方は多いでしょう。何か自分の意志を捨てるなんて、神がかり的な人間になるような、変な感じです。けれども、私たちは、色々なところでそういうことを当たり前にしているわけです。たとえば字が綺麗になりたいと思ったら、自己流に硬筆の練習をすることはないでしょう。自分を抑えて、先生の手ほどきに従っていく。教えられにくい人というのは、まず上達しないものです。それと同じです。ですから、信仰を持つことで、私たちも自分を捨てる中で変えられていく部分がある。それは何かというと、神がかりになることでも、この世の人には通じない世界で生きるようになることでもない、神の御前に立つかの日を覚えて、その心にしみやしわや傷のない人格を築き上げていくということなのです。聖書は「世の光・地の塩」という言い方をしますが、世の中において、まことの神の愛、聖さ、義さに生きていく、頑張っていい子になっていく、というのではなく、「与えられるがままに生きていく」ということです。  真心から神に心を向け、立ち返り、神と結びついたイスラエルの民はペリシテ人との戦いに勝利していくのですが、サムエルはまさに、この勝利もまた「与えられたもの」とみなしたようです。「ここまで主が私たちを助けてくださった」このことばの深みを味わいたいものです。

    2002年11月17日 「偉大なことを主はなさった」

     「ただ主を恐れ、心を尽くし、誠意をもって主に仕えなさい。主がどれほど偉大なことをあなたがたになさったかを見分けなさい(Tサムエル12:24)」

     キリスト教系の異端であるエホバの証人は、国家を認めないそうです。国家や政府というのはサタンの支配下にあるもので、政治家というのはサタンの道具だと考えるからです。それで選挙には一切関与しないという。  エホバの証人はこういう考え方が聖書に基づくものである、と教えるわけですが、本当はどうなんでしょう。今日の箇所は、イスラエルが単なる部族連合から王制国家になっていく時代のお話です。サムエルの後継者問題が起こってくる中で、イスラエルの人々はカリスマ的リーダーの世襲よりも、他国並みの王制国家になることの方を求めるわけです。これを神はどう受け止められたのか。なんともすっきり支持したようには思われないふしがあるわけですが、イスラエルが王制国家になることは、もうすでにモーセの時代に予測され、その条件設定がなされていました(申命記17:14)。また、アブラハムの時代において、アブラハムの子孫たちの末の祝福として約束されてもいたのです(創世記17:6)。 つまり旧約聖書は一貫して、イスラエルが王制国家になることを肯定している。ところがいざ王制へ移行していく段階で、神は歯に物が挟まった言い方をする。それは何かというと、王制という組織、官僚制度を整え、軍隊を装備し国家になることが、人民を幸せにするのではない。神の祝福あってこそ、私たちの生活には豊かさや喜び、守りというものがあるわけです。偉大なことをなさるのは主である、というわけです。国を持っても、神を信頼することを忘れてはならない、というわけです。 ちなみに新約聖書は、「人の立てたすべての制度に、主のゆえに従いなさい(Tペテロ2:13)」、「すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい(Tテモテ2:1)」という勧め、旧約同様に国家の存在を肯定しています。国家を否定し、選挙を拒否する教えが聖書にあるわけではありません。まして国家が必要ではないとは言えないのです。  さて、次に国家のリーダーの資質というべきものが明示されます。最初の王サウルは、二つの事件をとおして、神にリーダーとしてふさわしくない、失脚させられてしまうわけです。それはなにか、一つは、神を信頼する力の乏しさでした。そして二つ目には、誠実さの欠如。神の前に偽る心の故です。人間ですから、その人生にはいくらでも失敗というものはつきものです。しかし、彼はその失敗を心から悔い改めることのできなかった人でした。神に責められて、サウルは言い訳をしています。「ごめんなさい。私が悪かったのです」と率直に言えない人であったわけです。  ともあれ今日の大事な点は二つ。偉大なことをしてくださるのは、神であるということ。目に見えるものがあっても、 しっかりと神を信頼するということです。そして神をどこまでも信頼し、神の御前に誠実に歩む者こそが、人の上に立つリーダーにふさ わしいのです。

    2002年11月24日 「主の御名によって立つ」

     「私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、お前に立ち向かうのだ。きょう、主はおまえを私の手にわたされる。(中略)すべての国は、イスラエルに神がおられることを知るであろう(Tサムエル17:45,46)」


     王制を求めたイスラエル人が期待したことは、自分たちの選んだリーダー、つまり王が先頭に立って、自分たちの戦いを戦ってくれることでした。ところが、選ばれたサウル王は、アッシリヤとの戦いにおいて、先頭に立つどころか、後ろに退き、この戦いで勝利を導く者には、賞金と娘との結婚を約束すると宣言するのです。  戦いの最前線に押し出されたイスラエルの民は、なんともがっかりさせられたことでしょう。自分たちの王制への過度な期待に、始めて気が付かせられることであったことでしょう。信頼すべきは、神のみなのです。